名もなき既視感
風が、少しだけ冷たかった。
イサナは、またに外に出た。
目的はなかった。
ただ、部屋の空気が、誰かに見られているような気がして落ち着かなかった。
コンビニの自動ドアが開く音。
チカチカと光るディスプレイ。
棚に並ぶ新商品と、AIの案内音声。
「……お買い得は、こちら──」
何気なく手に取った菓子のパッケージ。
そこには、小さな装飾が描かれていた。
木の鳥だった。
いや、ただのブランドロゴだ。
でもその形が、あの木の置物と同じだった気がした。
家に置いたはずなのに、なぜか手の中にある感覚がして、少しだけ手が震えた。
袋を棚に戻して店を出ると、
街の雑踏にまぎれて、ふと、、見えた。
横断歩道の向こう。
人混みの中に、一瞬だけ“彼女”が立っていた。
記憶の中で見た、あの女性。
白いワンピース。揺れる髪。微笑む目。
その口が、確かに動いた。
「ジェイバー」
心臓が、ひとつ跳ねた。
車の音が割り込む。
目を瞬いた時には、彼女の姿はもうなかった。
幻?
そう言い聞かせるには、あまりにも温もりがあった。
家に戻ったのは、日が落ちる少し前だった。
玄関を閉めたとたん、胸の奥に押し込めていたものがぶわっと広がる。
あの女性の声。笑顔。名前。
ジェイバー
自分ではない。
けれど、その名が呼ばれた瞬間、身体が反応していた。
テーブルの上。
木の鳥の置物は、そこに変わらず鎮座していた。
ただの飾り。
ただの過去。
ただの記憶。
そう言い聞かせるには、やっぱり何かが違った。
イサナは、そっと手を伸ばした。
触れた瞬間、
頭の奥に“地図”のようなイメージが浮かぶ。
場所の名前はわからない。
でも“ここ”という感覚だけは、なぜかはっきりと残る。
それは知識でも言語でもない、
もっと根源的な“行くべき場所”の感覚だった。
スマートコンタクトを起動し、視界に地図を重ねる。
自分の感覚と、現実の位置情報をすり合わせる。
……一致した。
「次は……そこ、ってことか」
声に出すと、不思議とすっと胸が落ち着いた。
まるで誰かが「そうだ」と頷いたような錯覚さえあった。
イサナは立ち上がり、上着を手に取った。
行き先はまだ、正確にはわからない。
でも、そこには“次の記憶”があるそれだけは確かだった。
誰のものかも、どんなものかもわからない記憶。
けれど、たしかに“自分に向かって”残されている。
だから行く。
その答えが、どこかで彼を待っている。
そしてその記憶の奥で、、、