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『PROTOKODE』  作者: り
『PROTOKODE』〜封印に触れるもの〜
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3/10

無限の想像力

床に倒れたまま、イサナはしばらく動けなかった。


本は黒く焦げ、部屋の空気は金属の匂いで満たされている。


テレビは暗いまま、スマートコンタクトのUIだけが静かに点滅していた。


【記憶干渉:継続中】


【安全モードに移行しますか?】


イサナは迷わず囁いた。


視界の右上から文字が消える。


同時に音も消えた。


ただ、自分の心臓の鼓動だけが響いている。



次の日の朝。


外の空気はいつも通りだった。


どこか作られた静けさだけを保ったまま。


街頭のモニターでは、落ち着いた声のニュースが流れている。


「昨夜から一部エリアで、集団無表情・同時行動といった症状が報告されています。専門家は精神感染の可能性を指摘しています」


立ち止まってモニターを見る人々。


全員が同じ角度で、同じタイミングに瞬きをした。



イサナは本屋に行くことを決めていた。


身支度を済ませ、彼は家を出た。


古びた本屋の前へ着く。


昨日と同じ札が掛かっていた。


営業中。


そう書かれているのに、照明は半分しか灯っていない。


カウンターの奥。


奥のカウンターには、まだ一冊だけあの本が置かれている。


『世界の真実と命の意味』


店主の姿はない。


レジの脇には紙が一枚。


「すぐ戻る」


そうだけ書かれていた。


扉のベルが鳴る。


二人の客が入ってきた。


地味な服装の男女。


静かで、感じが良い。


二人は笑顔で挨拶を交わし、店の奥を何気なく見回した。


「珍しい本が多いですね」


「落ち着きますね、ここ」


自然すぎる会話。


イサナはカウンターの奥へ手を伸ばす。


指先が背表紙へ触れた瞬間、神経を直接撫でるような痛みが走った。


静電気ではない。


ページを開く。


焼けた紙の隙間から淡い光が滲む。


視界が揺れ、脳の奥で脈打つような音が響いた。


【記憶干渉:開始】


光が弾ける。


そして、誰かの記憶の中へ――。



薄い朝の光が部屋へ差し込んでいた。


壁には乾いた花。


テーブルには二つの湯呑み。


若い男女が並んで座っている。


女は柔らかく笑いながら、男の手を握った。


「ねえ。こんな日が、ずっと続けばいいね」


「……そうだな。きっと続くよ」


彼らの心には、何一つ隔たりがなかった。


言葉の奥にある想いまで、すべて伝わる。


互いの痛みも、孤独も、世界の悲鳴さえも。


すべてが同時に流れ込む完全な共感。


それは幸福であると同時に、地獄でもあった。


夜。


雨が降っていた。


女は膝を抱え、震えている。


「……他の人たちの声が聞こえるの。


知らない人が苦しんでるのに、止められない。


世界の痛みが胸の奥で鳴ってる。」


男は隣へ座り、彼女の手を包んだ。


「大丈夫だ。ここには俺がいる。」


彼女は静かに首を横へ振る。


「違うの。


あなたの痛みも全部、私は感じるの。


あなたが泣くと、私の中で何かが崩れる。


あなたを愛しているのに……


その愛が私を壊していく。」


雨音だけが強くなる。


言葉は消えた。


沈黙の中で、二人の心臓の鼓動だけが重なっていた。


やがて彼女は静かに立ち上がる。


窓の外。


灰色の空を見上げ、微笑んだ。


「ごめんね。


これ以上、誰かの痛みを感じたくないの。」


男が手を伸ばした、その瞬間。


彼女は振り返ることなく、


白い光の中へ身を投げた。



世界が止まった。


雨音が途切れる。


男は床へ崩れ落ちた。


震える手で、彼女が座っていた場所をなぞる。


まだ温もりが残っている気がした。


「……置いていくなよ。」


掠れた声が零れる。


胸の奥で、何かが崩れる音がした。


彼はゆっくり立ち上がり、窓の外を見つめる。


「この痛みが続くくらいなら……


一緒にいた方がいい。」


男は一歩踏み出した。




視界が真っ白に弾ける。


イサナの呼吸は荒かった。


胸が締め付けられ、喉の奥が焼けるように痛む。


手の中の本が震えている。


ページの隙間から淡い光が漏れ、床へ白い影を落としていた。



愛は、生きる理由にも、壊れる理由にもなる。


考えることは、痛みを知ること。


けれど、その痛みの中には確かに「生」があった。


彼らは、それでも愛した。


それが、彼らの歩いた道だった。


思考に制限がないということ。


それは無限の想像力を生み、自分以外の痛みさえも抱えてしまうということだった。


そして、この時。


イサナは、この意味をもっと深く考えるべきだった。

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