しじみの味噌汁
夢うつつで、寝返りを打つとぐるぐる廻る瞳と目があった。
「……」
チュンチュン、チュン。
これが朝チュンというやつか。
…いや、早い早い。展開が早い。
小鳥遊さんとは、一週間前に出会ったばかりだ。
その時は『仲良くなろうと思ったのは性欲じゃない、フッ』とか言って感傷に浸ってたのがバカみたいじゃないか。
この際、出会ってからの期間の短さは置いておこう。一夜の過ちとはそういうものだ。
問題なのは記憶がないことだ。
昨日は、確か約束の小鳥遊さんとダンジョンに突入する日だったはず。
記憶はダンジョンの前で途切れている。
目の前で横たわる彼女をさっと確認する。
服は、着ている。
「お、おはよう、ございます。昨日はすごかったです…。」
……コレはどっちだ?
「…二日酔いは大丈夫ですか…?」
上目遣いで心配そうな顔だ。
それ以上の衝撃で忘れていた頭痛と吐き気が舞い戻ってくる。
「ぅう゛、あたまいたい…」
「し、しじみの味噌汁が良いって聞きました。台所使っても良いですか…?」
「うん、お願いします…。」
彼女はタオルケットを僕の肩までかけてから台所に向かっていった。
ボロくて狭い1k なので布団から台所が見える。
見覚えのないエプロンをつけた小鳥遊さんがその小柄な身体でテキパキと動き回るのをぼーっと見続けた。
この部屋に誰かが入るのはこれが初めてかもしれないとぼんやり思った。
「…………うま。」
二日酔いの体にしじみの味噌汁が染み渡る。細胞に必要としていたものが行き渡った感じがした。
「…良かった」
思わず無言で飲み切ってしまったことに気がついた。緊張気味だった小鳥遊さんは安心したように息を吐きほんわりと笑った。
そういえば、しじみの貝殻がない。
あらかじめ取り除いてくれたのか。
二日酔いの身にはとてもありがたい気遣いだった。
「あ、お、お風呂の準備してきます。」
ニコニコ嬉しそうに僕が何故か美味しい冷奴を食べるのを見ていた小鳥遊さんはパタパタと風呂場へ向かっていった。
もしかして、『責任とって』と言われたとき、拒む理由が特にない……?
彼女は男が想像する「普通の女の子」だ。
独特な感性を除けば。
マナーと常識をわきまえていて繊細。さりとてヒステリックではなく、優しい心を持つ。今までの経験からか自信がなく引っ込み思案なところはあるが実はおしゃべりが好きで、僕の前ではニコニコしてることが多い。金銭感覚も平均的で家庭的。しじみの味噌汁を作るのがとても上手でしじみの貝殻はとってくれる。
うん。理想的じゃないか。
若干、餌付けされた感が否めないが、この一週間の彼女は僕の理想そのものだ。
僕への好意もひしひしと伝わってくる。
それが友人としてか、女としてかはわからないが嬉しいことには変わりない。
顔立ちは綺麗ならそれに越したことはないが、結局性格が1番大事である。彼女は美人でも可愛いわけでもないが、致命的な不細工ではない。日本人顔だ。
お目目はなんだかチャーミングに見えてきたしね。
まだ、背筋は凍るけど。
うん。なんの問題もないな。
焦る必要もない。鷹揚に構えていよう。
それにしてもこの冷奴、うめぇ。
チューブじゃない生姜と大葉のおかげだろうか。
冷奴って美味しさ変わるんだな。
新たな発見である。
その後もニコニコとした小鳥遊さんに甲斐甲斐しくアレコレお世話されて二日酔いを乗り切った。
もう僕は彼女なしではダメな体にされてしまったかもしれない。