セーラー服とチェーンソー
レベルが上がると、いろんなものが強化される。
体力、攻撃力、防御力、速度、器用などなど。
実際に数値として示されるわけではないので、体感、経験則としてこの基本ステータスが上がることがわかっている。
ごく稀に、特殊ステータスと呼ばれる、基本ステータス──ほとんどの人が保持、上昇するステータス項目──以外の項目を保持、上昇する人がいる。
そして特殊ステータス持ちの割合は覚醒者の場合、覚醒者意外と比べて二倍以上に増える。
どうやら僕は特殊ステータス持ちだったらしい。
鏡にあたる僕は明らかに肌艶もよく以前と比べて顔立ちが整ってる。
それはいい。顔がよくなるのは大歓迎だ。
問題は覚醒者であるが故にステータスが地上でも反映されてしまうこと。
地上で顔がドンドンよくなっていったら、それは覚醒者であることを喧伝して歩いてるのと同じだ。
まだ、誤魔化せる範囲だが何か対策は考えないといけない。
今は知り合いに会った時用にお忍び芸能人スタイルを採用している。
最近の日課であるジョギングにマスクはキツイものがあるが……。
僕の保持してる特殊ステータスは、魅力と知能だと思う。運もあるかもしれないが低レベルでは検証が難しい。
魅力も嬉しいが、知能はもっと嬉しい。
明らかに記憶力が増し、思考速度は早くなり、頭は常にクリアだ。二日酔いの日を除く。
最近、語学の勉強を始めた。知識がスポンジが如く頭に入ってきて楽しい。
ある到達者のユニークスキル〈バベル〉のおかげで、世界中どこの国の人とでも会話が成立するが、
読みは勉強しないとわからない。
言い回しに現れる独特の文化も勉強する必要がある。
翻訳を挟まないで、外国の小説を読みたいという希望が叶いそうだ。
ダンジョンのおかげで知能が上がることがわかったので、大学は退学ではなく休学を選んだ。
夏休み間際の最後の授業でテストを受けて前期単位を取り、後期の授業を取り消した。
今の記憶力、思考速度ならそれほど苦労しないだろうという判断だ。
到達者になったら時間はたくさんあるしね。
さっきチラッといったが、ジョギングを始めた。
ダンジョンの中でパフォーマンスを維持するためには体力が必須だろうと、二日酔い以外の日は50kmくらい走っている。
今日も今から、走りに行く。
サングラスとマスクと帽子。不審者みたいだが仕方がない。
明日、明後日、明々後日と休肝日(ダンジョンに行かない日)に設定しているから、今日は思いっきり走る予定だ。
いつもは行かない公園を通ると奇妙な組み合わせに遭遇した。
5歳ぐらいのおさげの女の子。その瞳は涙で潤んで、手は防犯ブザーに添えられている。
対するは、ぐるぐるお目目の黒いセーラー服を着た少女。こちらの瞳は不気味に渦を巻いて、手にはチェーンソーを装備してあたふたしている。
……チェーンソー?
「ちょ、ちょい、ちょい、ちょい。」
僕は慌てて女の子を庇う位置に立ち塞がった。
目の前の渦を巻いてぐるぐるする瞳に気圧される。
なんだ?恐怖?思わず鳥肌が立った。
懐に入れていたパックのお酒に手が伸びる。
護身用だ。僕は酔った僕に絶対の信頼を置いている。
無言の時間が流れ、後ろの女の子に袖を握られたことで再起動した。
「…その、あなたはなんですか…?」
チェーンソーに言及したら逆上する恐れがあると考え、微妙な質問になってしまった。
「ぇ、ぁ、あの…。」
ボソボソと何か言っているが聞き取れない。
「この子の知り合いです?」
「ぁ、そのこ、…まい、ご…かと、ぉ思って…」
モゴモゴしているが今度は聞こえた。
どうやら女の子に対する敵意みたいなものはないらしい。
思い返せば、僕が現れた時ホッとしたような表情を浮かべていた気がするしな。
その前もあたふたしてたし。
じゃあ、そのチェーンソーはなんだって話になるのだが。
「…そのチェーンソーは?」
思わず聞いてしまった。
「?黄色いチェーンソーが一番可愛いです。」
今までで1番ハッキリとした口調で1番トンチンカンなことを言い出した。
チェーンソーは彼女にとっておしゃれアイテムなのかもしれない。