マミコ、非日常(四)
「次の角を左折です!」
ミズホの指示に、マミコの車は猛スピードで大通りから脇道へ突っ込んだ。
「あれね!」
「はい!」
目的のホテルは意外と地味な外見だった。ためらいもなくマミコは駐車場へと突入する。
ゴム製の暖簾をくぐる。ミズホが「こういう風になってるんですねぇ……」と感慨深げに呟いている。
「ここどこ? なんのおみせ?」
後部座席のハルが無邪気に聞いた。
「大人になったら入れる遊園地よ」とマミコは誤魔化す。
「えーずるい!」
駐車場は狭く、目当ての車を見つけるのは容易かった。平日の真っ昼間だからか、車はチラホラと見える程度。キョウヘイの白いフィットはその一番奥にひっそりと駐まっていた。
「ビンゴよ、ビンゴ!! こんなことってある?!」
──まさか本当にいるなんて! 私達ってすごい!
マミコは思わずハンドルから手を離し拍手した。こんなにテンションが上がったのは、出産以来初めてかもしれない。
後ろの三人もつられて盛大に手を叩いている。
「もう中に入っちゃってるみたいですね」
ミズホの言う通り、遠目に見ても車の中は空だとわかった。できれば本人達の写真を撮りたかったが、いつ出てくるのかわからない上、これ以上待つなどハル達には無理だろう。
「ホテルと車の写真だけ撮って帰るしかないわね」
そう言って建物の方へ目を向けた瞬間、マミコは息を呑んだ。キョウヘイと女らしき後ろ姿が、入り口付近に見えるではないか。
悠長に駐車している場合ではない。マミコはその場でエンジンを停止させた。
ドアを開けて「そこの二人、待ったァ!!」と絶叫すると、キョウヘイと女は同時に振り返った。
車を降りて全速力で入り口へと向かう。何事かと様子を窺っているキョウヘイ達の目の前に立ちはだかり、マミコは息を整えた。
「あの……何かご用でしょうか?」
不審そうな表情で女が聞いた。だがマミコは女を無視して「あなた、ツカタキョウヘイさんよね?」と真っ直ぐにキョウヘイを見た。
「あ、はぁ……」
明らかに慌てた様子である。
背後からバタバタと足音が聞こえた。ミズホ達三人もマミコの側まで駆けてきているらしい。マミコはさらに勢いづいた。
「隣にいるのは奥さん……ではないようだけど……えっ……こんなところで何してるのかしら……?」
マミコは女をわざと上から下まで舐めるように観察してやった。女は二歩ほど後ろに下がった。
「違う! この人はセミナーで再会した後輩で……」とキョウヘイ。
「セミナーで再会した後輩と、なんでこんないかがわしい所にいるのかしら?」
「……それは……セミナーの復習で……」
「セミナーの復習にこんな場所を選ぶの?」
「大体あんたら、誰なんだよ!」
「何だかんだと聞かれたら!」と暴走しかけるミズホを制し、マミコは「ユリさん親衛隊よ!」と一喝した。
「ユリも来てるのか?」
男は駐車場のあたりを見回している。
「ユリさんは家で寝込んでんの! あんたのせいよ!」
「ハァ?! よその家のことに口出すなよ!」
「あら、ユリさんは大事な仲間だから。関係大アリよ!」
「だから、余計なお世話なんだよ!!……オイそこ撮んなよ!!」
キョウヘイはマミコの隣に視線を向けている。見ると、いつの間にかミズホがスマホを彼に向けていた。
「実況・解説はわたくしイトウミズホがお送りいたします……修羅場ナーーーウ!!」
「お前らいい加減にしろよ!」
キョウヘイが青筋立ててこちらに向かってくる。マミコが身構えた時、
「いーけないんだ、いけないんだ!」と声がした。ハルがキョウヘイを指さして歌っている。
ユズルも一緒になって「せーんせいに、いってやろ!」と唱和する。さらにユズルは奇妙な踊りを踊りながら皆の周りを回り出した。
「何なんだよこれは一体何の宗教なんだよ!!」とキョウヘイ。
「盛り上がってまいりました!」とミズホ。
そう言えば不倫相手は……とマミコはあたりを見回すが、井上和香と長澤まさみと萬田久子を一緒くたにして四で割ったような顔面の女の姿はどこにも見当たらない。敵前逃亡したらしい。
「あなた、妻の顔を最近見たことあるの? あんなに憔悴して……可哀想に……」
別の方向からアプローチしようと再びユリを話題に出すと、キョウヘイは目を伏せた。そして力なく「帰る」と言って、そのまま車に乗り込み行ってしまった。
「主役が早くも退場いたしました! マミコ選手、強い! わずか二分で勝利を収めました! 恐れ入りました~!!」
ミズホはなおも動画を撮っている。彼女の興奮は絶頂に達している様子。
同じくやり切った感でいっぱいのマミコはスマホに向かってガッツポーズをしてみせた。
エントランスを出て来た若いカップルが驚いた顔で「何々?! 何かのプレイ?」と言いながら通り過ぎて行く。
ハルがマミコの服を引っ張った。
「わるもの、たいじしたからジュースね! オレンジジュースとメロンソーダと、……なんだっけ?」
「しろぶどう」
ユズルはまだ踊っている。ミズホはそんな息子を笑顔で撮影していた。
「エンディングはミスター・ユズルによります安来節をお送りいたしております。それでは皆さまご機嫌よう~」




