第一章 第六節 技術者として
2002年。
東亜機工に入社して一年が経った頃、
天城香織は、すでに新人の枠を越えつつあった。
春の工場は、金属の匂いと機械音が混ざり合い、
一年中変わらないリズムで動き続けている。
その中で――
香織は坂本主任と肩を並べて図面を覗き込んでいた。
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「主任、ここの加工順なんですが……」
香織が図面を指差すと、 坂本は工具箱を閉じて言った。
「……現場へ行くぞ。」
二人は歩きながら議論を続ける。
「この順番だと、段取り替えが増えます。」
「だな。だが、治具の制約がある。」
「治具を改造すれば……」
「それを言うと思った。」
坂本は、少しだけ口元を緩めた。
新人の頃は質問ばかりだった香織が、今では自分と同じ視点で図面を見ている。
坂本は心の中でそう呟いた。
現場の作業員たちが二人を見てひそひそ話す。
「なんか、あの二人……息ぴったりじゃない?」
「主任が新人と組むなんて珍しいぞ。」
「天城さん、すごいな……」
香織は気づいていない。だが坂本は、周囲の視線を感じていた。
(この子は……現場の技術者として育つ。)
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ある日。
新しい生産ラインの改善プロジェクトが立ち上がった。
工場長が言う。
「坂本、今回の改善はお前に任せる。ただし――新人を一人つける。」
坂本は即答した。
「では、天城をつけてください。」
工場長は少し驚いた。
「は?あいつは新人だぞ?」
「だから天城です。」
「理由は。」
「……現場を見る目があります。」
坂本は香織を見た。
香織は目を丸くした。
「わ、私ですか?」
「そうだ、お前しかいない。」
その言葉は、香織の胸に深く響いた。
(主任が……私を認めてくれた。)
香織は、図面を抱きしめるように持ちながら頷いた。
「……頑張ります!」
坂本は静かに言った。
「頑張れ。俺がついてる。」
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改善プロジェクトが始まって数週間後。
香織は、夜のアパートで電話をかけた。
### 相沢絢香
「絢香、久しぶり。どう?仕事は。」
「主任と組むことになったの。」
「主任が認めたなら、本物ね。」
「そんなことないよ。」
絢香は、香織の成長を心から喜んでいた。
### 氷室冴子(先輩)
「藤堂。」
「まだ?」
「ああいう男は忘れない。」
氷室は忙しい中でも、香織を気にかけていた。
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週末。
香織は久しぶりに実家へ帰省した。
母が笑顔で迎える。
「香織、痩せてない?ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ、お母さん。」
父は新聞を置き、香織を見た。
「仕事はどうだ。」
「主任と一緒に改善プロジェクトを任されました。」
父は満足そうに頷いた。
「工具箱まだ使ってるか。」
「毎日使ってる。」
「そうか。」
兄は唐揚げをつまみながら言う。
「主任と? なんか仲良くやってるじゃん。」
「仕事だから!」
「はいはい、仕事仕事。」
母が笑い、父が頷き、兄が冷やかす。
その空気が、香織には心地よかった。
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改善プロジェクトは順調に進み、香織は坂本と共に現場を走り回った。
香織は機械の下へ潜り込み、真っ黒な顔で出てくる。
「直りました!」
坂本は、わずかに口元を緩めた。
「よし!今日は終わりだ。」
(……この子は、技術者だ。)
機械の音が工場へ響く。
香織は工具箱を抱え、坂本の後を追った。




