第一章 第七節 隣にいる人
2003年 春
朝礼。
工場長
「坂本。」
「はい。」
「天城。」
「はい。」
「今日はお前ら二人でライン頼む。」
新人が驚く。
「主任と天城さんだけ?」
「十分だ。」
午後。
ライン停止。
主任が言う。
「天城!」
「はい。」
「原因。」
香織は機械と図面を見る。
「…治具です。」
坂本
「俺もそう思う。」
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改善プロジェクトの会議室。
香織は資料を広げ、坂本と並んで座っていた。
「主任、この工程……前回の改善で歩行距離が減りましたけど、さらに治具の高さを変えれば、作業者の負担が減ると思います。」
坂本は資料を見て、静かに頷いた。
「それでいこう。」
「……いいんですか?」
「お前が考えた。」
その言葉は、香織の胸に静かに響いた。
(主任と……同じ目線で仕事ができているんだ。)
坂本は、香織の成長を誇らしげに見ていた。
その様子を、工場長が遠くから見ていた。
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休日。
香織は大型書店で技術書を探していた。
香織は技術書を取る。
同じ本にもう一つ手。
坂本。
「あ。」「品質工学の新刊が出てるぞ。」
「ほんとだ……主任、これ面白そうですね。」
「……お前、休日まで技術書か。」
「主任も来てるじゃないですか。」
「……まあ、嫌いじゃない。」
だが――
その横顔が、いつもより柔らかく見えた。
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年末。
東亜機工の忘年会。
作業員たちが酒を飲みながら騒ぐ中、香織はウーロン茶を片手に坂本の隣へ座った。
「主任、今年もお世話になりました。」
「……お前が頑張っただけだ。」
「でも、主任がいなかったら……」
「俺がいなくても、お前はやる。」
その言葉は、香織の胸に静かに響いた。
そこへ――
工場長がニヤニヤしながら近づいてきた。
「おい坂本。隣、天城じゃないか。」
「……仕事の話です。」
「忘年会で仕事の話? いやぁ、若いっていいなぁ。」
「…否定しないのか?」
「…飲みましょう。」
「天城ちゃん、坂本が困ってるぞ?」
「えっ……は、はぁ……」
香織はきょとんとしていた。
周囲の社員たちもニヤニヤしている。
「おい、あの二人……もう付き合ってるんじゃね?」
「いや、まだだろ。でも時間の問題だな。」
「主任、あんな顔するんだな……」
坂本は否定しなかった。
香織は気づいていない。
坂本は気づいているが、否定しない。
その空気が、自然に二人の距離を縮めていった。
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工場の一日は終わろうとしていた。
その頃――
大学の研究室では、
まだ明かりが消えていなかった。
深夜
誰もいない研究室。
藤堂は机いっぱいに資料を広げていた。
香織の研究を写したメモ。
自分の実験結果。
未完成の論文。
赤ペン。
消す。
書く。
消す。
書く。
「……惜しい。」
赤ペンを握り締める。
「あと一歩なのに。」
「ノートは……?」
引き出しを開ける。
一段目。空。
二段目。空。
三段目。空。
「ない……!」
勢いよく閉める。
「くそっ!」
「あの研究ノートさえあれば…」
歯ぎしり。
研究室の蛍光灯が、一瞬だけ明滅した。
冷たい空気が部屋を満たす。
『欲しいか。』
藤堂 振り向く。
誰もいない。
『力が欲しいか。』
「誰だ…」
『力を受け入れろ』
藤堂は手を伸ばす。
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工場の夕暮れ。
坂本が歩く。
香織は工具箱を抱え、半歩後ろを歩く。
長く伸びた二人の影が、アスファルトに重なった。
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その頃。
大学。
誰もいない研究室。
机の上の赤ペンが、音もなく転がった。
『契約は成立した。』
藤堂は、
黒く染まった右手を見つめていた。
黒い紋様が、手首から腕へと静かに這い上がっていく。
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