第一章 第四節 進むべき道
2001年2月。
就職氷河期の真っ只中。
研究棟の廊下には、面接帰りの学生たちのため息が漂っていた。
「また落ちた……」
「推薦でもダメだった……」
「教授推薦が消えた……」
そんな声が日常になっていた。
天城香織は、研究室の机で履歴書を見つめていた。
推薦か、自由応募か――その二択が頭の中で重くのしかかっていた。
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## **教授との面談 ――推薦か自由応募か**
午後。
教授室に呼ばれた香織は、緊張しながら椅子に座った。
教授は眼鏡を外し、ゆっくりと口を開いた。
「天城君。君の研究は非常に評価が高い。企業との共同研究にも発展する可能性がある。」
香織は小さく頷く。
「ありがとうございます。」
教授は続けた。
「推薦を使うかどうか、そろそろ決めなさい。」
「推薦を使うなら、後戻りはできん。」
「自由応募なら苦労する。」
香織は俯いた。
教授は香織の迷いを見抜いたように言った。
「君は研究室より工場が好きなんだろう。」
「……分かりますか?」
「長く見ていれば分かる。」
香織は深く息を吸った。
「……少し考えさせてください。」
教授は頷き、面談は終わった。
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父 ――天城栄二(1940年生)
## **初めての電話 ――父へ相談**
研究棟を出た香織は、携帯電話を取り出した。
(……お父さんに相談してみよう。)
香織は、就職のことで父に電話するのは初めてだった。
「もしもし、父さん?」
『香織か。どうした?』
「就職のことで……少し悩んでて。」
『帰ってこい。夕飯作って待ってる。』
その言葉に、香織の胸が少し軽くなった。
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母 ――天城佳代(1946年生)
兄 ――天城健一(1971年生)
## **帰省 ――家族の言葉**
夕方。
実家の玄関を開けると、味噌汁の香りが漂ってきた。
母が笑顔で迎える。
「香織、おかえり。ご飯できてるよ。」
食卓には、父、母、そして兄が座っていた。
香織が悩みを話すと、父が箸を置いた。
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## **父の言葉 ――「会社は肩書きじゃない」**
「俺はメーカーで三十年以上飯を食ってきた。」
「香織。」
「はい。」
「毎日ちゃんと会社へ行きたいと思える方が大事だ。」
香織は目を瞬いた。
父は続ける。
「大企業に入っても、現場に触れられない部署に配属されることもある。
逆に中堅メーカーの方が、技術者として成長できることもある。」
「……現場に触れたいって思ってる。」
「なら、自分が納得できる会社を選べ。」
父の言葉は、香織の胸にまっすぐ届いた。
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## **母の言葉 ――「身体だけは壊さないで」**
母は優しく微笑んだ。
「香織、どこへ行ってもいいけど……身体だけは壊さないでね。」
「うん。」
「あなた、研究に夢中になると寝ないでしょう?」
「……気をつけます。」
母の言葉は、香織の心を温かく包んだ。
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## **兄の言葉 ――「内定取ってから悩め」**
兄は、唐揚げをつまみながら言った。
「香織、内定取ってから悩め。」
「え?」
「悩むのは内定が出てからでいいんだよ。
今は選り好みしてる場合じゃないだろ。」
「でも……私は現場に――」
「現場とか言う前に、まず内定だろ!」
「兄さんはいつもそういう言い方する!」
「事実だろ!」
「まず飯を食えるようになれ。」
「夢がない!」
「夢だけじゃ飯は食えん!」
兄妹喧嘩が始まり、母が慌てて止める。
父は笑っていた。
「まあまあ、二人とも落ち着け。」
家族団欒の空気が、香織の心を少しずつ軽くしていった。
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## **天城香織 ――進むべき道を決意する**
夕食後、香織は自室で静かに考えた。
父の言葉。
母の笑顔。
兄のぶっきらぼうな励まし。
どれも、不思議なくらい胸に残っていた。
(私は……現場に触れたい。机の上だけじゃなく、自分の手でものづくりをしたい。)
香織は静かに息を吐く。
――答えは、もう決まっていた。
窓の外では、まだ冷たい二月の風が枝を揺らしている。
春は、まだ遠い。
だが、その春に選んだ道が、香織の人生を大きく変えることになるとは――この時の香織は、まだ知らない。




