表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文明を継ぐ魔女  作者: XType84
第一章 ありふれた青春
3/8

第一章 第二節 就職氷河期

4年後、西暦2000年10月。就職氷河期の真っ只中。

大学院修士2年の秋は、研究と就職活動の両方が学生たちを追い詰めていた。


研究室の掲示板には、「推薦枠終了」の紙が何枚も貼られている。

一枚剥がされるたび、誰かの希望も消えていく。


研究棟の廊下には、面接帰りの学生たちのため息が漂っている。

「また落ちた」「推薦でもダメだった」――そんな声が日常になっていた。


しかし、この日だけは研究棟の空気が違った。


司会者の声が講堂に響いた。


「次は天城香織さん。発表をお願いします。」


香織は小さく息を吸った。


修士課程の集大成とも言える研究発表会。

教授陣だけでなく、企業の採用担当者も見学に訪れる。


天城香織 VS 相沢綾香 ――研究テーマ発表

天城香織は、緊張で手が少し震えていた。

壇上のスクリーンには、彼女の研究テーマが映し出されている。


「多品種少量生産における工程設計と品質管理の最適化」


地味だが、現場に直結するテーマ。

教授陣の評価も高い。


発表が始まると、香織の声は不思議と落ち着いていた。


「本研究では、工程設計の最適化により、歩行距離を年間100km削減できる可能性を示しました。また、品質管理の統計的手法を導入することで――」


会場が静まり返る。

教授たちが真剣にメモを取っている。

質疑応答では予定時間を超える質問が相次いだ。


発表が終わると、拍手が起きた。


その直後、次の発表者が壇上へ向かう。


相沢絢香。


長い黒髪、完璧なメイク、落ち着いた佇まい。旧帝大工学部の「完璧な優等生」。


絢香の研究テーマは、生体材料工学。華やかで、最先端で、企業からの注目度も高い。


発表は見事だった。論理構成も、資料も、話し方も完璧。


だが――


現場改善への実用性と独創性が決め手となり、最優秀発表は香織に決まった。


握手 ――一生の縁となる瞬間

発表会が終わり、学生たちが会場を出ていく中。


絢香が香織の前に歩み寄った。


「天城さん。」


香織は少し身構える。


絢香は、ふっと笑った。


(……やっぱり、研究では敵わない。)


「今日は完敗。あなたの研究、すごく良かった。」


その言葉は、嫉妬も悔しさも含んでいなかった。

ただ、純粋な称賛だった。


絢香は右手を差し出す。


「これからも、互いに高め合えるといいわ。」


香織は戸惑いながらも、その手を握り返した。


その瞬間――二人の間に、静かだが強い絆が生まれた。


この握手は、長い縁の始まりだった。



講師への感謝

発表会の片付けが始まる頃。


香織は、会場の隅に立つ和服姿の女性を見つけた。


歴史文化論の講師


「先生!」


香織は駆け寄る。


「研究テーマの構成、アドバイスありがとうございました。先生の言葉がなかったら、ここまでまとめられませんでした。」


講師は静かに微笑む。


「あなたの研究は、技術史の流れを正しく理解している。それは、誰にでもできることではありません。」


「いえ、私はただ……現場の技術を歴史の流れで見たかっただけで……」


「その視点が大切なのです。」


講師の声は、どこか優しく、そして――どこか意味深だった。


香織は気づかない。


この講師との出会いが、自分の運命にどれほど深く関わるのか。

今の香織は、まだ知らない。



嬉しさと、ほんの少しの不安

研究室へ戻る途中、香織は胸の奥が温かくなるのを感じていた。


自分の研究が認められた。

教授たちが褒めてくれた。

絢香が握手してくれた。

講師が優しく微笑んでくれた。


嬉しい。

本当に嬉しい。


だが――

その裏で、ほんの少しだけ不安があった。


(私は……この先、うまくやっていけるのかな。)


世渡りが下手な自覚はある。

人間関係も、恋愛も、就職活動も、得意ではない。


それでも、今日だけは胸を張っていい。


香織は、研究棟の階段を上りながら小さく呟いた。


「……頑張ろう。」


研究棟の窓の外では、秋風が色づき始めた木々を静かに揺らしていた。


発表会の熱気とは裏腹に、研究棟の掲示板からはまた一枚、「()()()()()」の紙が増えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ