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月の砂漠で飛ばされて  作者: 碧衣 奈美


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09.手当

 これだけ気を遣ってもらって「歩けない」なんて言えない。手当てをしてもらったおかげで、楽になった。

 本音を言えば、つぶれたマメだけでなく、足全体、いや、身体全体が痛いのだが……さすがにそれはどうしようもない。

 でも、マメの痛さが軽減した分、まだがんばれる。

「よし。あと少ししたら、出発するからな」

 盗賊の長でも、傷の手当てなんかしてくれるのね。

 ラジェートの後ろ姿を見ながら、シャーリーンはそんなことを考える。

 あれ? あたし、知らない男性に……いや、もう知ってるんだけど、とにかく男性に足を触らせちゃった?

 遅い気付きに、シャーリーンは今更ながらに顔が赤くなってきた。

 足を出せ、と言われて、気恥ずかしいだとか、何も感じずに出して。素直すぎるにも程がある。

 さ、さっきのは、触らせたんじゃなくて……あ、触られたけど、あれは手当であって、変な意味じゃなくて……あたし、誰に言い訳してるのよ。

 ラジェートは何でもないことのようにしてくれたが、シャーリーンの方はしばらく彼の顔が見られなくなりそう……とは思ったが、現実はそれどころではない。

 手当てしてもらって楽になったとは言うものの、シャーリーンにとって今日は昨日以上に長い一日だった。

 つぶれたマメが歩くたびにずきずきしているし、でも立ち止まってばかりもいられない。

 ダクラに乗りたいと思ってもそんなことは言えないし、そもそも荷物で満員状態。シャーリーンの乗る場所など、ないのだ。

 だったら、せめて杖でもあればよかったのだが、砂漠に杖を作れるような木など生えてはいない。ラジェート達の荷物にも、それに代わる物はなさそうだった。

 とにかく、やること、できることは、自力で歩くのみ。

 いくら城の中で「はねっかえりの姫」などと呼ばれても、こんなに長く歩いたことはなかった。

 陽が傾き始め、オアシスを見付けてそこでテントを張ることになった時、シャーリーンは心の中で「やっと休めるぅー」と小躍りしてしまった。

 ただ、顔の筋肉までも疲れ切って、笑顔にはならなかったが。

 腰を下ろすと、足にだけ血が通っているようにずきずきしている。

「みんなの足って、一体どうなってるのよ」

「シャーリーン程、ヤワじゃないだけだ」

 愚痴と言おうか、疑問を口にすると、ラジェートがあっさり答えた。

 きっと、彼らの足の裏は鋼のようになっていて、傷めてしまうことなどないのだろう。

 基本的な体力の差はともかく、余程のことがなければ彼らの体力がなくなる、なんてことはないに違いない。

 みんな、だてにいかつい身体付きをしているのではないのだ……と、シャーリーンはそう思うことにした。

 昨日以上に疲れているし、身体のあちこちがとんでもなく痛い。だが、みんなで同じ距離を歩いて来たのだ。一人だけ休んでいて、許されるはずもない。

 軽い会話を交わせるようにはなっていたが、端から見れば「盗賊と囚われかけの姫」という関係は変わらないのだ。

 シャーリーンの命は、ラジェート達が握ったままなのだから。

 ちょっと慣れたからとお姫様待遇を求めたら「調子にのりやがって」と思われ、せっかくここまで来たのに殺される、なんてことにもなりかねない。

 そうならないよう、シャーリーンは自分ができる範囲のことを手伝った。もっとも、大したことはやはりできていなかったが。

「今日くらいの進み具合なら、明日の昼過ぎにはカルシャへ入れるはずだ」

 火を起こしていたセンキスが、教えてくれた。

「明日……」

 昨日、今日と、彼らと同行するようになって、気付けばもう二日も経ってしまったのだ。

 歩いている時はとんでもなく長い時間だったが、こうしてみるとあっという間に過ぎている。

 最初の夜にラジェート達と出会った時、カルシャから三日程の所だ、と教えられた。そこから二日間歩き、三日目の明日でついに砂漠を出られるのだ。

 きっと城では、シャーリーンが失踪したとわかって大騒ぎになっているだろう。

 捜索隊が出されたりするかも知れない。いや、いなくなったのは一国の姫なのだから、さすがに捜索隊はすでに出ているはず。

 フィーネも同じようにいなくなっていることに、周囲は気付いているだろうか。侍女仲間から「姿を見ない」と言われ、そこから行方不明が発覚するかも知れない。

 まさかとは思うが、フィーネがシャーリーンをだまして連れ出した、なんて思われていないか気になる。そんなことになっていたら、申し訳ない。

 明後日には、王の式典が催される予定だ。それなのに、姫がいなくなったとなれば、どうなるのだろうか。病気で床に伏せている、とでも言い訳するしかなさそうだが……。

 式典の主役は王だし、姫の欠席は他の国の参列者には急病あたりでごまかせるとして。

 その程度でお茶を濁せないのが、ダージェンの王子だ。彼には、どう話がなされるだろうか。

 まさか「見合いがいやで、どこかへ逃げました」なんて本当のことは伝えられない。馬鹿にするな、と怒られて、最悪だと戦争状態にもなりかねない話だ。

 そうならないよう、会わせられない理由を考えるのは苦労するだろう。

 一応「見合いはいやっ」という書き置きはしておいたので、シャーリーンが城を出た訳はわかっているはず。

 センキスの話では、明日にはカルシャへ戻れる。それなら、式典に出席できるし……見合いもできないことはない。

 式典はともかく、見合いについて王はどんな対応をするだろうか。

 そんなにいやならやめよう、と言ってくれるか、無理にでも会わそうとするか。

 どちらにしろ、最初の夜にラジェートから言われたように、ちゃんと話をしなければならない。いやなことはいやだ、と。

 それに、一度はダージェンの王子とも会っておくべきだろう。

 遠くから来てもらっているのに会いもせず、追い返す形になるのは、さすがに失礼だ……と思うようになってきた。

 子どもが遊びの約束を破るのとは、訳が違うのだから。

 明日の昼。つまり、あと半日。

 カルシャへ戻れば、ラジェート達とも別れることになる。

 当然だ。彼らは偶然カルシャへ向かうところだったから、親切心でシャーリーンを送ってくれることになっただけ。

 国へ入れば、彼らは彼らの目的地へ行くのだ。

 そして、シャーリーンは城へ戻る。

 砂漠を出た途端、シャーリーンを売る……なんてことも考えられるが、たぶん、彼らはそんなことはしない。根拠も何もないが、そう思う。

 もしシャーリーンを売り飛ばすつもりでいるなら、テントに男が二人いようが三人いようが、きっと関係なく放り込まれていた。

 一人部屋のようにはならなかったが、それでも気を遣ってもらって。商品扱いしているなら、そんなことはしないだろう。

 戻れば問題が待っているとはいえ、自分の居るべき場所へ戻れるのは嬉しい。

 だが……この胸の中の淋しさは何だろう。

 出会った時は、怖い、と思った。殺されてしまうのでは、とさえ思った。

 そんな彼らと別れるとなると、悲しく感じてしまうのはなぜなのだろう。

「ねぇ、あなた達はカルシャへ入ってから、どこへ行くの?」

 小さな火種に息を吹き掛けて大きくしようとしているセンキスに、シャーリーンは尋ねた。

「ラジェートが、あの国で会わなきゃならん人がいる。どれだけの期間カルシャにいることになるかはわからないが、それが済めば帰る」

「会わなきゃならない人? カルシャの盗賊の頭? それとも……」

 ラジェートの恋人? あのくしを渡すはずだった……。

 聞いてみたかったが、口にするのはためらわれた。

「それは、シャーリーンには話せない。ラジェートのことだからな。俺達が勝手に全てを話すって訳にはいかないんだ」

「……そうでしょうね」

 盗賊についての話を、部外者に軽々しくしゃべることはできないだろう。それはシャーリーンにもわかっている。

 話して、もしシャーリーンがその内容を役人にしゃべったりすれば、彼らは捕まってしまう。相手が誰であろうと用心深くなるのは、彼らの仕事を考えれば仕方のないことだ。

「さて、火もおきたし、晩メシの用意をすっか」

 センキスの声で、シャーリーンの思考はそこで途切れた。

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