08.くし
「ラジェート、本当にいいの? これって、すごく高価な物でしょ。あなたが贈るつもりだった人に渡せば、きっと喜んでもらえるはずだわ」
誰のための物かは知らない。だが、こういう品だと、相手は女性のはずだ。
それを、まだ会って一日しか経っていない自分がもらってしまうなんて、申し訳ない気がする。
「シャーリーンは、こういう物をもらうと嬉しいか?」
ラジェートに聞かれ、シャーリーンは大きくうなずいた。
「そりゃ、女はこんなきれいな物をもらえば、嬉しいに決まってるわ。それが好きな殿方からなら、なおさらよ」
シャーリーンには、まだそんな相手はいない。でも、贈られればきっと喜ぶ。
高価な物であれば、自分がそれに見合う価値があると思われている、と感じられて嬉しい。
高価でなくても、色や形、デザインなど、色々考えて選んでくれたのだと思えば、それもまた嬉しく思う。
「そうか。……まぁ、それはシャーリーンが使えばいい。必要な時に使えなければ、余計な代物だ」
それはそうでしょうけど……。いっか。使えって言ってもらったんだから、ここは素直に使わせてもらおう。
「ありがとう」
シャーリーンは、軽く束ねていた長い黒髪をほどく。
フィーネにしてもらった三つ編みは、昨夜の時点でかなり乱れてしまった。砂嵐に巻き込まれたのだから、仕方がない。
ラジェート達に拾われた時は髪をどうこうする余裕はなかったが、朝になって一旦ほどき、とりあえず広がらないように束ねていたのだ。
ここで髪を洗う訳にはいかないが、もらったくしでとかすと少しすっきりした。
あー、やっぱりくしを入れると、気持ちいいなぁ。
ふんわりとした、くせのある髪が広がる。
「ふぅん。髪型だけで、ずいぶんと雰囲気が変わるものだな」
シャーリーンのしぐさを眺めていたラジェートが、ぽつりとつぶやいた。
子どもっぽく見えていたシャーリーンが、髪をほどくと急に大人っぽく見えたようだ。
「ふふん。あたしだって、捨てたもんじゃないでしょ」
言ってから、男性と二人きりのテントで何てことを口にしてしまったんだろう、と後悔した。
女として見ろ、と言っているようなものではないか。
昨夜から、こんなことばかりだ。姫らしくない、と自分でも思う。いや、姫と言う以前に、この状況で今のは女性としてどうなのだろう。
ラジェートは、そんなシャーリーンを見て吹き出しかけた。
「他の奴の前でそんなことを言ったら、いいように誤解されるぞ」
「わ、わかってるわよ……」
ただ、わかるのが「言った後」なのが問題である。
「終わったら、早く寝ろよ。明日も早いからな」
ラジェートは昨夜と同じように、二人の間に剣を置いて横になった。
「うん。……あの、ラジェート。遅くなったけど、昼間はありがとう」
「ん?」
ラジェートは横になったまま、首だけをシャーリーンの方へ向けた。
「ほら、あのへびの時の」
あの時は驚いて混乱していたので、礼を言えないままだった。
「ああ、あれか。どういたしまして」
今になって思えば、あんな細長い身体に外すことなく短剣を刺していた。
昨夜、今と同じように剣を仕切りのようにして置いた時、腕に自信があるんだろうとは思ったが、やはりすごい腕なのだ。
敵だと恐ろしいが、味方なら頼もしい。
「他の人達も、最初は怖く思ったけど、いい人ね」
顔は怖く感じたが、話してみるとみんな優しい。ひげ面はやはり少し怖い気もするが、慣れたおかげか、最初に薄暗い中で見た時程ではなくなってきた。
シャーリーンをよくからかうものの、そこに悪意は感じない。
「そりゃ、俺の仲間だからな」
ラジェートの言い方に、シャーリーンはくすっと笑った。
「彼らとは、ほとんどの時を一緒にすごしてきた。色々と悪さもしてきたし、もう兄弟みたいなもんだ」
「みんな、あなたのことをとても大事にしてるみたい」
「ああ。俺も大事にしている。お互いがお互いのために、できることをしたいと思っているからな」
彼らのことを話すラジェートの瞳がやけに優しく見え、シャーリーンは意味もなく胸が鳴った。
仲間思い、なのね。
「さ、もう寝ろよ」
「うん、おやすみなさい」
シャーリーンは髪をとかし終わると、使ったくしを大切に懐にしまい、横になった。昨夜のように、座って寝るようなことはしない。
身体を横にして目を閉じた途端、眠りに落ちた。
☆☆☆
次の日も、昨日と同じようにひたすら砂漠を歩いた。
交易品を運ぶ隊商の人達って、毎日のようにこんな移動をしてるってことよね。どれだけ足腰が強くて、体力があるのかしら。尊敬するわ。今までは運ばれた品にしか興味がなかったけど、次からは運ぶ人達にも目が向きそう。
昼間の砂漠は、やはり暑い。夜との寒暖差が激しくて、それだけでも体力が削られてしまいそうだ。
今日もラジェートが上衣を貸してくれたので、シャーリーンは頭からそれをかぶった。こういう場所では、影の存在が本当にありがたい。
休憩になると、シャーリーンは懸命に手伝う。だが、やはり失敗の方が多い。
普段、侍女達にしてもらっている姫が、一日や二日であれこれできるようになる訳がないのだ。
「シャーリーン、もういいから休んでろ」
あきれられてしまったのか、ラジェートにそう言われてしまった。
「でも……」
「いいから、そこで座っていろ。蛇がいないのは、ちゃんと確認したから」
「うん……」
本当にあたし、城出が成功しなくてよかったかも。ううん、かも、じゃなくて、よかったのよ。一人で出て来ていたら、砂漠の真ん中で本当に干からびてたわ。あ、それ以前に、こんな所まで来られなかったわね。
完全に砂漠をなめていたことを、シャーリーンは心から反省した。
あと、今はシャーリーンを運んでくれる個体はいないが、人間を乗せてくれるダクラの存在にも感謝する。
ここにいれば、乗せてもらえれば、こんなに身体中が痛くなることもないのだから。この環境では本当に貴重な存在なのだ、と痛感する。
シャーリーンは、昨夜ラジェートからもらったくしを懐からそっと取り出した。
やっぱり、きれい。城へ帰れば、それなりにきれいな自分のくしがあるけど、これが一番きれいだわ。
包みを開くと、光に当たってきらきらする。夜見た時もきれいだと思ったが、こうして昼の光に照らすともっときれいだ。こういうきれいな物を見ていると、それだけで気分が高揚する。
これ……盗んだ物、じゃないわよね。だって、ちゃんと包まれていたもの。一度も開かれてなかったみたいだし、まさか何が入ってるかもわからないまま盗むはずはないわよね。
でも、しっかり中身がわかっていて、ラジェートはあたしにくれた。ということは、これはちゃんと買い求めた物なんだわ。
それなのに……ラジェートは、いとも簡単にあたしにくれた。用済みになりそうって言ってたけど、本当かしら。なりそうってことは、まだわからないんじゃないのかしら。
本当に用済みなら、どうしてなんだろ。これはきっと恋人か、そういう存在に近い人に贈るものだったんだろうに。
そう考えた時、胸がずきんとなった。
あれ? どうしてあたし、胸が痛くなるんだろう。変ね。疲れてるからかしら。
ふと顔を上げると、ラジェートがこちらへ来るのが見えた。シャーリーンは、くしを懐にしまう。
「シャーリーン、足を出せ」
そばまで来ると、ラジェートはいきなりそう言った。
「え? ど、どうして」
まさか、切り落とす? いや、そんなことはしないわよね。だったら、なぜ?
「痛むんだろう? 歩き方を見ていれば、わかる」
「あ……」
確かに、ずっと歩き続けてマメができていた。できた方をかばって歩くうちに、両足にできてしまって。
もしかして……それがわかったから、手伝いをしなくていいって言ってくれたのかしら。
シャーリーンが座ったまま足を伸ばすと、ラジェートはさっさと両足の靴を脱がせ、洗って布を巻いてくれた。
それだけのことで、とても気持ちよくなる。
「ありがとう」
「まだこれから進むが、歩けるな?」
ここは予定していた分の、まだ半分でしかない。陽が傾くまでは、また歩き続けることになる。途中の休憩は、せいぜい一回だ。
「うん、大丈夫」





