07.なじむ姫
何だか、あたし一人が走り回ってるみたい……。
あっちへ行って手伝い、それが終わるとこっちを手伝う。端から見れば、シャーリーンが一人でうろちょろしているように思われかねない。
歩きづめで身体のあちこちがものすごく痛いが、そんなことを言っている場合ではないのだ。
大したことはできなくても、ほんの少しだけでも役に立てれば、今後の同行も許してもらえる気がする。
しかし、何もかもがやり慣れないことばかりで、言われた分の半分程しかできない。いや、半分もできれば、まだましな方だ。
「やっぱり、お姫様には無理みたいだな」
長であるラジェートでさえ、てきぱきと用事をこなしている。自分だけがふんぞり返るでもなく、同じように用事をこなして。
偉い立場でも、砂漠を渡る間は平等、ということだろうか。
シャーリーンはそれを見て、しゅんとなってしまった。居候なのに、結局は人任せにするしかない。
「そう落ち込むな。初めてなら、できなくて当たり前だ。シャーリーンは、やろうとしているだけいい。普通なら、やれって言われても、お姫様だとやろうとしないだろうからな」
だって、いやって言ったら、殺されるかも知れないじゃない。みんな、あたしと同じ立場なら、できなくてもやるわよ。
とは思ったが、口に出しては言わない。
それに、ラジェートとしてはほめてくれたようなので、そこは素直に喜んでおくことにする。
「あ、あの……お茶を飲むなら、あたしが淹れるから。そんなに上手って訳じゃないけど、時々自分で淹れてるの」
「へぇ、そうなのか。じゃあ、食後に淹れてもらおうかな」
「うん」
フィーネに姫らしくないって言われても、自分で淹れ続けていてよかったぁ。
慣れない場所でうまく淹れられるかは不安だが、少なくとも「自分で何かできる」ことがあってよかった、とつくづく思った。
それに、少しでも役に立てるようで嬉しい。
「リースター、何を焼いてるの?」
彼はシャーリーンがこの一団と出会った時、彼女に「天女か」と聞いた男だ。
冗談で言ったつもりが、わざわざ自己紹介してもらえるとは思ってなかった、と後で笑われた。
きっと彼が死ぬまで「笑い話」の一つとして、周囲に話しまくるんだろう、と思われる。シャーリーンには、それを止める手立てがない。
話すなら「せめて、あたしの知らない人だけにしてほしい」と願うばかりだ。
大男で非常にしっかりした体付きをしているが、ラジェートと同じ二十一才と聞いて驚かされた。
そもそも、みんな年齢不詳なのだ。たぶん、ひげのせいで、わかりにくいからだろう。
とは言うものの、一日一緒にいたおかげか、彼らの見分けはどうにかつくようになってきた。
ラジェートの髪は真っ直ぐだが、このリースターは少しくせがある。
目を覚ました時に正面にいたセンキスは、右眉の目尻の方に切れ込みが入ったようになっている。子どもの時に、木から落ちてケガをした傷痕だと聞いた。
他の仲間も、髪色が少し茶系だとか、鼻の形が妙に角張っているとか、少したれ目っぽいなど。
そんな小さな部分で、何となく見分けられるようになってきたのだ。
昨夜はわからなかったラジェートの瞳が、昼間見ると深い青色だということも、右耳の下に小さなほくろがある、ということもわかった。
「食ってみるか?」
リースターは、火で何かの肉をあぶり焼きにしていた。開いて串に刺してあるので、何の肉かわからない。干し肉ではなさそうだ。
「いいの?」
細い体型に関わらず、食べることが大好きなシャーリーンである。食えと言われて、食べないはずがない。
息を吹きかけて少し冷まし、一口食べてみた。あっさりした柔らかい肉だ。香辛料なんかを加えれば、もっと美味になるだろう。
「ん、おいしい。これ、何の肉なの?」
「昼間、シャーリーンを襲った蛇」
聞いた途端、シャーリーンの血が滝のように引いた。一気に顔面蒼白になる。
「シャーリーンにうまいと言ってもらえたら、こいつも死んだかいがあるってもんだよな」
「ひ、ひどーい。あたしがへびが嫌いっていうの、昼間見てわかってるはずじゃないのっ」
シャーリーンは、自分を騙したリースターをぽかぽか殴る。
「けど、こいつはもう死んでるんだから、いいじゃないか。形もそれとわからんようになってるだろ」
「死んでてもわかんなくても、いやーっ」
蛇は所詮、蛇。知らずに食べてしまったとは言え、あの形を思い出したら寒気がする。涙まで浮かんできてしまった。
「はは……悪かった、悪かった。嘘だよ」
「嘘?」
笑いながら言われても、ちょっと信用しにくい。
「こいつは、砂漠にいるネズミの仲間。砂漠を渡る時の、貴重な栄養源の一つだ」
「ネズミ……なの」
それを聞いて、一気に力が抜けた。
「リースター、あまりシャーリーンで遊ぶなよ」
横で二人のやりとりを聞いていたラジェートが、軽くいさめる。
「遊ぶなって……あたしはおもちゃじゃないわよ」
「いやぁ、からかうと面白いもんで」
本人にその気はなくても、どうやらシャーリーンはしっかりおもちゃにされているようだった。
何をするにも賑やかで、ちょっかいをかけた時の反応がまた面白いらしい。妹的扱い、と言えば、聞こえはいいのだが……。ほとんど子どもみたいなものだ。
シャーリーンは「ラジェート達の機嫌を損ねたら、最悪の場合は殺されるかも知れない」と思っている。
……のだが、だいたいがのんきなので、いつの間にやら彼らの中に溶け込んでしまっていた。特にコミュニケーション能力が高い訳ではないのだが、あまり物怖じしないおかげだろう。
そのことに、シャーリーン自身は気付いていない。
「ところで、それは本当にネズミなのか? 手足のついていた所が、見当たらないみたいだぞ」
「ああ、こいつ、付いてなかったんだ。ヒゲも爪もない、変わった種類だ。そう言えば、妙に身体が長かったな」
ラジェートとリースターの会話を聞いて、シャーリーンの顔がまた青くなる。
「ちょっと……どっちなのよっ」
「食ったんだから、どっちでもいいじゃないか。さっき、うまいと言っていたのが聞こえたぞ」
遊ぶなと言ったラジェートまで、どうもシャーリーンをからかっている。
う……どっちなんだろ。へびだといやだし、だけどリースターは嘘だって言ったし……。だけど、そっちの方が嘘っぽい。おいしかったけど、けどぉ……。
「あんまり考え込むと、メシがまずくなるぞ」
ラジェートに言われ、それもそうだとシャーリーンは普通の食事をすることに専念した。
こういうところが、シャーリーンの強さである。
☆☆☆
夜も更けてきた。
昼間の疲れがどっと出て、眠くなってくる。はしたなくも、大きなあくびをしてしまった。
身体中、特に足が痛いが、それ以上に眠気が強い。横になったら、一瞬で眠れる自信があるくらいに。
まだ二日目にして、ラジェートと一緒のテントにいることに抵抗がなくなっているシャーリーンである。
「眠いなら、早く寝ろ。明日もまた、今日と同じくらい歩くぞ」
「うん」
そういうことを聞くと、しばらく明日にならないでほしい、と思ってしまう。
「……ねぇ、ラジェート」
「何だ?」
「くし……なんて、持ってないわよね」
盗賊が鏡に向かって髪をとかしている場面など、あまり想像したくない。男ばかりの一団に、そんな身だしなみを整えるような人がいるとは思えないが、一応尋ねてみた。
あまり期待はしていないのだが、シャーリーンも女性として髪をとかすくらいのことはしたかった。なければ、手ぐしでするしかない。
「ああ、あるぞ」
「え……」
自分から聞いたくせに、予想外の返事でびっくりする。
ラジェートは自分の荷物の中から、薄い包みをシャーリーンに渡した。包んで持ち歩いている、というのではなく、どうやら贈り物のようだ。
「これって、新しいくしでしょ? 誰かに贈るつもりだった物なんじゃ」
「そのつもりだったんだが……用済みになりそうだ。シャーリーンが使えばいい」
包みを開いて見ると、玉虫色のきれいなくしが出て来た。これはいい品だ。





