06.砂漠を歩く
「ほら、起きろっ」
朝、シャーリーンはラジェートに叩き起こされた。
え……あたし、いつも通りに寝てたのっ?
目が覚めた場所が、自分の部屋ではないことに驚き、自分がしっかり寝ていたことを知ってさらに驚いたシャーリーン。
だが、服はいつものように寝乱れている以外、これと言っておかしな所はない。
「食事が済んだら、すぐに出掛けるぞ。早く起きろ」
「は、はいっ」
シャーリーンは急いで、乱れた服をなおす。
あの人……ラジェートは本当に何もしなかったのね。紳士なのか、単にあたしを子ども扱いしただけなのか、わからないけど。あ、別に何かされたかった訳じゃなくて……。
少し複雑だが、今はそんなことに構ってはいられない。
食事が済めば、すぐにこの砂漠を歩いてカルシャへ帰らなくてはならないのだ。
そのことを考えると、ちょっと気分が重くなる。
シャーリーンは城出した際、ダクラに乗って砂漠を渡るつもりだった。フィーネが一緒にいても、二人くらい乗ったところでへこたれるような動物ではない。楽に横断できる……はずだったのに。
現実では、シャーリーンのダクラは、あの砂嵐でどこかへ飛ばされてしまった。本当に飛ばされたかは見ていないが、とにかくここにはいない。
ラジェート達は五頭のダクラを持っていたが、全てが荷物運びのために連れられている。乗って移動するつもりは、最初からなかったようだ。
彼らと一緒に行くことになったシャーリーンももちろん、歩いて行かねばならない。この中では、姫も何も関係ないのだから。
夜の冷え込みとは対照的に、昼間の砂漠は太陽が照り付けてとんでもない暑さになる。そこを男達と一緒に歩いて行けるかどうか、シャーリーンは不安だった。
しかし、置いて行かれる訳にはいかない。
彼らの持って来ていた食料を分けてもらい、簡単な食事を済ませると一行はカルシャへ向けて出発した。
あの砂嵐で、シャーリーンは着ている服以外は何も持っていない。かろうじて、薄いベールを首に巻いていたので、それをかぶる。
しかし、すけすけのベールなので、日光はほぼ素通りだ。まともな影もできない。光が痛いと感じるなんて、初めての経験だ。
「ほら、これをかぶってろ」
歩き始めてすぐ、シャーリーンの格好に気付いたラジェートが、防寒用の上着を貸してくれた。
「あ……ありがとう」
言われるままそれを頭にかぶると、暑さはどうしようもないが影ができる。直射日光をさえぎってくれるだけで、かなり楽になった。
だが、それよりも。
思った以上に、砂漠を歩くのはシャーリーンにとってつらかった。足が砂にめりこんで、なかなか前へ進めないのだ。
予想はしていたが、ここまで歩きにくいとは思わなかった。城の中や街の地面がどれだけ歩きやすいか、思い知らされる。
足手まといだ、などと言われてあっさり殺されるのもいやだ。こんな怖そうな連中でも、今は置いて行かれるのは困る。
砂漠の真ん中で放って行かれたら、シャーリーンのような知識も体力もない人間は、絶対に干からびてしまう。
つらくても、死ぬ気で歩かなくてはならない。
休憩という言葉を聞いた時には、まるでそれが神の言葉のように感じた。歩かなくていい、というのは、こんなにありがたいものなのか。
足が棒のように……というのは、こういうことなのだ、と実感する。シャーリーンはほとんど倒れるように、その場に腰を下ろした。
「シャーリーン、動くな」
「え……」
ふと見ると、ラジェートが短剣を構えてシャーリーンに近付いて来る。陽が当たり、刃がきらりと光った。
……殺される? 殺されるっ。やっぱり邪魔だから、始末する気なんだわ。こんな所で死にたくないっ。
「や……やめて」
シャーリーンは、わずかに後ずさる。
「動くなっ」
ラジェートに怒鳴られ、びくっとして動くのをやめる。だが、このままだと、本当に殺されてしまう。
ラジェートの手から、短剣が離れた。こちらへ向かって、飛んで来る。
もうダメ。あたし、死ぬんだ。こんなことなら、城でおとなしくしていればよかった。
短剣が投げられたのを見て、シャーリーンは強く目をつぶる。
すぐそばで、刃が肉にめり込んだ音が聞こえた。
あれ……?
音が聞こえたのに、どこも痛くない。
シャーリーンは、恐る恐る目を開けてみた。自分のどこにも、ラジェートが投げた短剣は刺さっていない。
それじゃあ、さっきの音は? と思いながら、何となく自分の横を見る。と、すぐそばに蛇がいて、口を開けたまま息絶えていた。
あとほんのわずかで、シャーリーンに噛み付こうとしていたのだ。その長い体に、ラジェートの短剣がしっかり刺さっている。
「いやああっ、へびぃーっ」
足が疲れていたことも吹っ飛び、シャーリーンはバネ仕掛けの人形みたいに立ち上がると、ラジェートの後ろへ隠れた。
あまり怖いもののないシャーリーンだが、蛇は苦手なのだ。
「毒蛇だ。今度から座る時は、もう少し周りを確認してからにしろ」
「……はい」
そういうことは、もう少し早く言え……と言いたいところだが、そんな偉そうなことは言えない。
砂漠を渡って他国へ行こう、と決断し、そのための準備をするところまではよかったが、それだけ。砂漠における危険性を、まるで知らなかったのだ。
こんな環境でも生物が存在している、と聞いて、驚いたことは覚えている。しかし、それ以上の詳しいことを学ぼうとはしなかった。
こんな砂漠にも、本当に生き物がいるんだ……。
しかも毒蛇と聞いてぞっとしたが、一拍遅れてラジェートが助けてくれたことに気付いた。
足手まといでうんざりしてるっていうんなら、助けなかったはずよね。放っておけば、ラジェートがわざわざ手を下すこともなく、今の場合だとあたしは蛇の毒で死んでいたんだから。
彼らには「シャーリーンをどうかしてやろう」という意思はないようだ。
はからずもそれを知って、シャーリーンは少し安心した。
命を握られているようなものだが、握りつぶす気はないのだ、と。
一日歩き続け、ようやく陽が傾いて来る頃には、暑さもピークを過ぎたようだ。
オアシスを見付け、そこでテントが張られることになった。
男達はそれぞれ、ダクラから荷物を下ろし始める。
「あの、あたしは何をすればいい?」
一応、自分は居候の身だ、という自覚はある。姫なのだからもてなせ、なんて自分の首を絞めるようなことを言うつもりなど、さらさらない。
それに、彼らの気がいつ変わってしまって「シャーリーンを始末しようか」ということになってはたまらないので、申し出てみた。
わざとらしくないまでに、こびを売っておいた方がいいだろう。
「じゃあ、下ろした荷物をほどいてくれ」
そう言われて、シャーリーンは下ろされた荷物のそばへ行った。
ほどけと言われたが、男の力でしっかり縛ってあるので、なかなかほどけない。
他の男達が全ての荷物をほどいても、シャーリーンはまだ一つ目の荷物と悪戦苦闘していた。
「これは、ここを引けばいいんだ」
別の所から出ている細い紐を軽く引っ張っただけで、荷物はほどけた。
「ええ……」
四苦八苦していたシャーリーンは、拍子抜けしてしまう。
今までのあたしの苦労は、何だったのよ。そんなのがあるならあるって……。
「火をおこすから、手伝ってくれ」
別の男に言われて、シャーリーンはそちらへ行った。行ったはいいが、何をしていいのかわからない。何をどう、手伝えばいいのやら。
これまで自分で火を付けたこともないし、それを手伝ったことさえない。姫であるシャーリーンにとって、燭台やランタンの火など、誰かが付けてくれているものだったから。
「ここはもういいから、水をこれに汲んで来てくれ」
言われた通りに器を持って、オアシスの水を汲み上げる。が、持ってくる間に、放り出されていた荷物につまづいてこけた。
水はあっという間に、砂の中へと吸い込まれる。周りにいた男達が、それを見て笑った。
「ここでは水は貴重なんだから、大切にしろよ」
ラジェートに言われるまでもない。砂漠で水が大切なことは、シャーリーンだって知っている。
「わ、わかってるわよ。もう一度汲み直すから」





