05.ろくな展開にならない
「あの、ここって……砂漠のどの辺り?」
聞いたところで、わかるかどうか。でも、おおよその位置は把握しておきたい。
「カルシャへは、およそ三日かかる所だ。普通の大人が歩いて、の計算だが」
思っていた以上に、移動していたようだ。
教えてもらえたのはありがたいが……やはり、この長は引っ掛かる一言が多い。
「それって、あたしが普通の大人じゃないみたいに聞こえるんだけど」
「オヒメサマの足じゃ、もう少しかかるんじゃないか?」
どっ、どうせ、あたしは砂漠を歩いたことなんてないわよっ。
「とにかく……ダージェンへは、二日で行けるってことね」
カルシャとダージェンとの距離は、歩いておよそ五日。ここはその道のりの半分より少しダージェン寄りの位置、ということだ。
「そういうことになるが……ダージェンへ行くつもりだったのか? 会いたくない見合い相手がいる国なのに」
城出して砂漠へ来た、というところまでは話したが、シャーリーンは行き先まではまだ話していなかった。
なので、長は不思議そうな顔をする。
「ダージェンにいれば、王子がどうしているかって情報が入ると思って」
「ああ、なるほど。そういうところは、頭が回るのか」
フィーネが思っても口にしなかったことを、長は遠慮なく言ってしまう。
「悪巧みしてるみたいに言わないでよ」
「似たようなものだろう。こそこそ嗅ぎ回るつもりでいるのなら」
一言多い、を通り越し、辛辣になってきた。
しかし、端から見ればそう思われるのだろう。シャーリーンとしては、いい考えだと思っていたのだが……。
「で、ダージェンへは一人で行けるのか? 水もダクラもなしでは難しい……いや、確実に無理だぞ。そうだな、仮に着けたとして……国へ入ってからは、どうするつもりだ」
「入ってからって……」
シャーリーンはダージェンへ行くことばかりを考えて、その後のことはまるで考えていなかった。
「金も何もないなら、食料が買えない。宿にも入れない。その服の下に、金になるような貴金属を隠し持っているなら、多少の日数はもつだろう。だが、王子がどうなったかを知るまでダージェンにいるつもりでいるなら、間違いなく足りないな。式典が終わって王子がすぐにカルシャを出たとしても、帰る道によっては一週間以上かかるぞ」
そうだった。
シャーリーンは、ダージェンにいれば王子がどうなったかわかる、と思っていた。実際、知ることはできるだろう。
だが、本人は式典がある間はカルシャにいる。見合いの予定は、式典の次の日。シャーリーンに会えないとわかってすぐ帰るとしても、時間がかかる。ダージェンに王子の情報が入るまで、しばらく待たなくてはならないのだ。
「金がなくなったとわかれば、すぐに宿から放り出されるぞ。王子の近況がわかってカルシャへ帰るとしても、それはそれで入り用だ。オヒメサマが、物乞いなんてできるか? あ、その前に、悪い男にだまされて、手込めにされるかもな」
他人事だと思って、長は次々に悪い展開の可能性を出して脅してくる。
「その結果、おとなしく結婚しておけばよかった……ってな状況におちいるのは、目に見えるな」
長の言う未来が、シャーリーンにも見えるような気がした。彼が脅しのように言っていることは、現実になるかも知れないのだ。
「あなたは、あたしにどうしろって言うのよ」
「さっさとカルシャへ戻った方が、身のためだ。ダージェンへは、お供と一緒に改めて行けばいい」
「観光に行く訳じゃないのよ……」
荷物も金銭も何もない今、よその国へ行ったところで、助けてくれるような知り合いのつてはない。一日で収入が得られるような職を、持っている訳でもない。
言われた通り、ここは素直に帰った方がいいだろう。
「だけど、カルシャまで三日もかかるんでしょ」
あの砂嵐は、えらい所まで飛ばしてくれたものだ。人の足で三日もかかるような場所へ、半日とかからずに連れて来てしまうのだから。
ダージェンにしろ、カルシャにしろ、着くまでの時間は日単位だ。どちらへ向かうにしても、命がけになる。下手すれば、砂漠で干からびて死ぬことも……。
もう少し早く着ける位置にある国もない訳ではないが、それでも一日以上かかる。
「俺達は、カルシャへ向かっている。一緒に連れてやってもいいぞ」
「ドロボーと同行するの……?」
「いやなら、好きにすればいい。干からびようが、他の盗賊に遭って手込めにされようが、俺達には関係ないからな」
「そ、それはいやっ」
こうして、カルシャの姫は城出して一日目に、ラジェートと名乗る男の一団と行動するはめになったのだった。
☆☆☆
「なっ……なんで、あたしがあなたと一緒に寝なきゃいけないのよっ」
同行が決まり、明日に備えて寝ることになった。
それはいいとして、シャーリーンは長であるラジェートと同じテントで夜をすごすことになってしまったのだ。
「いやなら、外で凍えながら寝るか? 俺は、居候のために凍える気はないね」
砂漠の夜は冷える。そんな中で横になっていたら、本当に凍え死ぬ時もあるのだ。
たとえ寝袋などがあったとしても、砂漠に慣れない者だと次の朝は大抵が風邪をひく。
ラジェート達は、全部で六人いた。彼らのテントは、三つ。これまでは、二人ずつで使っていた。
いつもなら、ラジェートはシャーリーンが目を覚ました時に真っ正面にいた男、センキスと一緒なのだが、彼女のために譲ってくれたのだ。
男が二人もいるテントで寝るよりはいいだろう、と。
気を遣ってもらったのはありがたいのだが、この際、一人減ったところであまり意味がないような……。
とにかく、嫁入り前の姫が見知らぬ男と一晩を共にするなど、いくらシャーリーンでもとんでもないことだ。たとえ、こんな事情でも。
「でも……あたし、男の人と同じ場所で寝たことなんて、ないんだもの……」
「そりゃそうだろう。嫁入り前の姫君にそんな経験があったら、大問題だ。王が聞いたら、卒倒するぞ」
ラジェートはそっけない。シャーリーンに、予備の毛布を放る。
「ぐだぐだ言ってないで、さっさと寝ろ」
言いながら、ラジェートは巻いていたターバンを外した。ターバンの間に入れ込まれていたらしい、軽く束ねられた黒髪が背中に落ちる。
ラジェートはシャーリーンと自分の間に剣を置くと、彼女に背を向けて横になった。
「え……」
さっさと寝ろって言われても……寝込みを襲われたりしたら、どうしようもないじゃない。
剣を置いたのは、仕切りのつもりだろうか。もし、シャーリーンがあの剣を手にして襲いかかったら、いくら強い男でも、無事ではいられないと思うのだが。
いや、ラジェートが危機感を覚えるなら、こんな風にわざとらしく置かないだろう。
もしかすれば、お前がこの剣を取っても、俺は何ともないんだぜ、という意思表示かも知れない。それだけ、腕に自信があるのだ。
甘く見られている、とは思うが、シャーリーンが実行してもまず勝てない気がする。剣術なんて、やったことがないのだから。
それとも……自分の身は自分で守れ、という意味なのだろうか。置いておいてやるから、何かあった時は自分でどうにかしろ、と。
見ていると、もうラジェートは寝息をたてている。横に女性がいても、気にならないのだろうか。
少し安心したと同時に、女と見られていないように思え、それはそれでちょっと悔しい気もするシャーリーンだった。
だけど、やっぱり寝られないわよぉ。
この狭い空間で横になるのはためらいがあり、仕方なくシャーリーンは座ったまま毛布をかぶって足を抱え、その自分の足に頭を置くような形で眠った。
「……リーン……シャーリーン」
しばらくして、身体を揺さぶられる。半分寝ぼけた顔で目を開けると、揺すっていたのはラジェートだ。
「ちゃんと横になって寝ろ。明日がつらくなるぞ。何もしやしないから」
あたし、ちゃんとベッドに入ってなかったんだっけ?
寝ぼけたシャーリーンの頭からは「なぜ自分が座った格好で寝ていたか」ということなど、きれいに消えていた。
「ん……」
こてん、と横になると、そのままシャーリーンはぐっすりと眠り込んだのだった。





