10.寝落ち
火を囲み、夜の食事が始まる。
彼らの持って来ていた乾物を湯で戻したり、誰がどこで捕まえたんだか、砂漠の動物を焼いたり。少量ながら、酒もある。
シャーリーンは昨日のことがあるので、焼いた肉は怖くて食べなかったが、他の物はしっかり食べていた。
ちゃんと食べて、明日への活力をたくわえておかなければならない。まだ半日近く、歩かなくてはならないのだから。
それでも、なぜか途中で頭がぼんやりしてきて、力が抜けてくる。食べるのが次第に遅くなり、そのうち止まってしまった。目の前がかすむ。
ラジェートがふと横を見ると、ちょうどシャーリーンがこてんとひっくり返るところだった。
「シャーリーン?」
ラジェートがシャーリーンを揺すっていると、リースターがそちらの方を向いた。
「どうしたんだ?」
「寝てる」
ラジェートの答えは、簡潔だった。
シャーリーンは食事の最中に、眠ってしまったのだ。疲れが頂点を通り越してしまったらしい。
「子どもみたいな姫様だな」
他の男達が、その様子を見て笑う。
「文句一つ言わずに、俺達について来たもんなぁ。根性のある姫だ」
正直言って、彼らは自分達のペースにシャーリーンがいつ音をあげるかと思っていたのだ。
特別速く歩いているつもりはなかったが、城育ちの姫がいつまでも耐えられるとは考えていなかった。
そのうち「休ませてくれ」と言い出すだろう、と踏んでいたが、何も言わずに黙々とシャーリーンはついて来たのだ。足のマメにもめげず。
「疲れたんだろう。中へ連れて行く」
ラジェートはシャーリーンを抱え上げると、テントへ向かう。
「すぐに戻って来なくてもいいぞ」
冗談まじりの口調で言うリースター達を横目で睨みながら、ラジェートはテントの中へ入った。シャーリーンは、何も気付かずに眠り込んでいる。
「まったく……よくこんなで単身砂漠へ入ろうなんて思ったな。先が思いやられそうだ」
ラジェートのつぶやきも知らず、シャーリーンは静かな寝息をたてていた。
☆☆☆
夜が更けた頃、シャーリーンは目を覚ました。
何か物音がした、という訳ではなく、おなかが空いたので目が覚めてしまっただけだ。
なんせ、夕食は半分程しか食べてない。食い気の姫がそれで、満足するはずもなかった。
ぱっちりと目を開き、自分がテントの中にいると認識する。それから、食事中に寝てしまったことを、次第に思い出してきた。
おなか空いたなぁ。でも、お夜食作って、なんて言えるはずもないし。自分が食事中に寝るのが悪いって言われるだろうから。あたしだって、別に寝たくて寝ちゃったんじゃないんだけど……。あー、もう。どうして完食してから寝なかったのかしら、あたしってば。朝食までがまんできるかしら。朝まで、あとどれくらいの時間があるのかな。
ごろんと寝返りを打つと、ラジェートがあちらで眠っている。仕切り代わりの剣が、今夜もちゃんと置かれていた。
明日には、この人と別れるのよね。最初はドロボーと同行なんて、と思ってたけど。……あたし、もっと一緒にいたい、なんて思ってる。色々と一言多いんだけど、理不尽なことを言ったりする人じゃない。優しいところも、たくさんある。
ほんの二、三日のことだったけど。ほんの一部でしかないんだろうけど、それがわかった。あたしの馬鹿さ加減も、ちゃんと教えてくれたしね。
でも、別れることは決まっている。
ため息をついたシャーリーンは、ふと枕元を見た。そこには、シャーリーンの拳よりも小さな、赤いリムゴの実が二つ置かれている。
あ、食べ物!
そのことに気付いた途端、シャーリーンはがばっと起きた。これなら、朝まで十分がまんできるというもの。
もしかして、ラジェートが置いてくれたのかしら。あたしが目を覚ました時のために。あたしのこと、よくわかってるわね。
単にシャーリーンがわかりやすいだけ、なのだが。
枕元に置かれていたのだから「食べていい」ということだろう。シャーリーンは、そのリムゴをありがたくもらうことにした。
遠慮していては、空腹で眠れない。しっかり眠れず、疲れがとれなかったら、明日歩く時がつらい。それは困る。
足のマメが一晩で簡単に治ってしまうとは思えないし、こうしていても足は痛いわ、身体は痛いわで大変だ。正直なところ、もう限界に近い。
これで疲労感まで残っていたら、彼らの歩く速度について行けるかどうか。
いっただきまーす。
シャーリーンはリムゴを手に取り、少し磨いてかじりかけた。
あ、音をたてたりしたら、ラジェートが目を覚ますわね。外へ行こう。
シャーリーンはリムゴを持って、そっとテントを抜け出した。
わぁ、きれい……。
空を見れば、ほとんど満月に近い月が浮かんでいた。月明かりが、砂漠やオアシスの水面を照らしている。何かしらの精霊でも現れそうな雰囲気だ。
オアシスのそばに座ると、シャーリーンはリムゴをかじった。かりっといい音がして、甘い汁が口一杯に広がる。
おいしーい。
二つとも食べ終わると、シャーリーンはすっかり満足した。これで、ゆっくり眠れるというもの。
だが、すぐにはテントへ戻らず、しばらく月を眺める。なぜか、そんな気分になった。
月明かりの下で髪をほどき、ラジェートにもらったくしでゆっくりとかしてゆく。
月の光で、くしはとても美しく輝いた。何とはなしに、光を反射させてみる。昼間とは違う輝き。やはりきれいだ。
本当にもらっていいのかしら。もしラジェートの恋人が、彼からの贈り物を楽しみにしていたりしたら……すごく悪いことをしてしまっているみたいだわ。あたしが飛び入りしてしまったために。
やっぱり、返した方がいいんじゃないかしら。使ってしまったけど、きれいに拭いてから返せば。んー……無理、かなぁ。贈り物なのに、人が使った物なんて気持ちいいものじゃないわね。
そうだ、あたしが城へ戻ったら、これに見合う何かと交換って形にすれば。
だけど、それじゃ「彼が選んだ彼女への贈り物」にはならないわよね。お金なんて渡したら、あのラジェートのことだから、怒りそうだなぁ。でも、だからって恋人への贈り物をなかったことにするのも、いけないわよね。うーん、どうしようかしら。
シャーリーンはくしを眺めながらあれこれと考え込み、砂の上を誰かが駆けて来る音に全く気付かなかった。
間近で音が聞こえ、はっと振り向いた時には、もう遅い。
ダクラに乗った誰かがすぐそこまで来ていて、シャーリーンの身体はその誰かの手によって宙に浮いていた。
「きゃあっ……」
悲鳴を上げようとして口をふさがれ、そのまま強引に意識が奪われる。
ラジェート……。
消え行く意識の中で、シャーリーンは彼の名前をつぶやいていた。
☆☆☆
どさっという音がして、身体に痛みが走った。そのせいで、シャーリーンは目を覚ます。どうやら、地面に放り出されたようだ。
「う……いたた……」
起き上がってみて、シャーリーンはぎょっとなった。
自分の周りを、ひげ面でいかつい男達が囲んでいる。十人……もっといるだろうか。
同じ状況は二日前の夜にもあったが、あの時よりもずっと悪意に満ちた空気が漂っているような気がした。
自分を見詰める視線が、よくないものに感じる。同じ状態でも、雰囲気は二日前とは全然違った。ここはいかにも「悪党の巣」のような。
「夜の散歩としゃれこんでたら、何やらぴかぴか光ってるものがあったんでよ。行ってみたら、女が一人。こりゃいい獲物だってんで、持って帰って来たぜ」
「人を荷物扱いしないでよっ」
自分をさらってきたらしい男に、シャーリーンは怒鳴った。
ひげ面だが、中年くらいだというのは何となくわかる。こちらに向けられる目付きがいやらしく、気持ち悪い。
センキスやリースター達も、見た感じは怖いが、こんな不愉快になってしまいそうな目はしていない。
どうやらこの男達も盗賊らしいが、同じ盗賊でもピンからキリまであるのだ。この一団はキリ、というところか。
「誰なのよ、あなたたちはっ。こんな夜中に、いきなり人をさらうなんて」
「俺達か? 俺達はバグラームを首領とした盗賊よ」





