15.ダージェンの王子
シャーリーンにとって、ダージェンの王子のことなど、もうどうでもよかった。ただ、ラジェートのことを想うと、勝手に泣けてしまう。
「わかった。見合いの話は、なかったことにしよう。だがな、シャーリーン、わかってくれ。この話は、こちらから持ち出したのだ。やはりやめます、とすぐには言えない。せめて会うだけでも……頼む。な、な?」
王が必死に、娘のご機嫌取りをする。
ラジェートを忘れるためにも、他の人を見るようにした方がいいのかも知れない。誰でもいいから。
自分でそう結論を出し、王の頼みも何も聞いていなかったシャーリーンだったが、わかった、というようにうなずいた。
「そうか、そうか。会ってみて、やはり気に入らなければ断ってもいいからな」
娘の心中も知らず、王は「よかった」と安堵のため息をついた。
☆☆☆
次の日は、王の記念式典が行われる日だ。
街はいつも以上に賑わいをみせる。やはり祭りとなると、人々の表情も明るい。
そんな中、一人暗いのはシャーリーンである。
ただ、式典に出席している所で、いつまでも暗い顔はしていられない。ベールで顔半分は隠れているものの、全く表情が見えない訳ではないのだ。
仮にも、一国の姫。シャーリーンは特に何かをする訳ではないが、もてなす側の者として、相応の対応をする責任がある。
どれだけの国へ使者を出したのか、賛辞の言葉を述べる来賓は後を絶たない。もっとも、次から次へと顔や言葉が変わるだけで、その内容は同じだ。
最初こそ、緊張感を持っていたものの、時間が経つにつれてシャーリーンはあくびをかみ殺すのに苦労した。
「姫様、次はダージェンから来られた王子様ですわ」
そばに仕えていたフィーネが、そっと耳打ちする。
その口調は、どこか弾んでいた。フィーネとしては、シャーリーンに早く落ち着いてもらいたい、という気持ちがあるのだろう。
侍女目線で「売れ先が決まれば、もう少しおとなしくなるだろう」と。
フィーネにはいつも迷惑をかけてばかり、というのはシャーリーンも自覚している。だが、昨日の今日では、何も期待する気にはならない。
「ダージェン国、ラジェート・アラム・ダージェン様」
国と来訪者の名前が読み上げられる。
何よ、それ。いやぁね、何も彼と同じ名前でなくてもいいじゃないの。
シャーリーンは名前を聞いて、余計に落ち込みかけた。
「このたびはザドーア王在位二十五年、おめでとうございます」
あーあ、声まで似てる。ホントにやんなるわね。
シャーリーンがこっそりため息をついていると、フィーネが横からつついてきた。
「姫様……姫様」
「何よ」
「ほら、よく御覧なさいませ」
言われて仕方なく、シャーリーンはそちらを見た。
ちょうど礼をしていたダージェンの王子が、顔を上げたところだ。
「え……?」
そこにいるのは、昨日別れたはずのラジェートその人だった。ひげはきれいに剃られていたが、間違いない。
「何よ、これ。どういうこと?」
まさか、彼は双子だったのだろうか。
権力争いの果てに、昨日まで一緒だったラジェートは盗賊になってしまい、勝ったこちらのラジェートが王子となって跡継ぎになった、とか。
しかし、名前まで一緒というのは、いくら双子でも変だ。盗賊のラジェートが、あえて王子の名前を名乗っていたのだろうか。だとしても、何のために?
賛辞の言葉を述べ終わると、ラジェートは下がった。
その時、シャーリーンとわずかに目が合い、ほんのわずか笑ってみせた……ような気がする。
シャーリーンは呆然となり、礼をするのも忘れてその後ろ姿を見送るだけしかできなかった。
☆☆☆
じき夕方になろうという頃にようやく式典も終わり、祝賀パーティに移る。
広間が、今まで以上に騒がしくなってきた。楽団が音楽を奏で始め、国一番の踊り子達がきらびやかな衣装をひるがえしながら踊りを披露する。たくさんの料理が運び込まれ、人々の話し声や笑い声が満ちる。
シャーリーンは、パーティが始まる前にそっと広間を抜け出した。
いつもなら、運ばれた料理へ真っ先に手を出すところだが、今はそんなことはしていられない。
ダージェンの王子に会わなければ。
賛辞の言葉を述べた後、次の来賓と入れ違いで広間を出て行った。パーティに参加するかどうかはわからないが、近くにいるはず。
それに、彼はシャーリーンと見合いをするためにも来ているのだ。見合いは明日の予定になっているし、こっそり帰ってしまうはずはない。
控え室になっている十数室の客間。庭。城の図書室など……。
シャーリーンは王子がいそうな所をあちこち捜すが、見当たらなかった。
仮にも王子なのだから、周りには従者がいて、それなりに目立っているだろうと思うのだが、それらしい人は別人ばかりだ。
そもそも、今日はそういった人が城の中に山といるから、捜すのも苦労する。
「もう、どこにいるのかしら」
来賓、貴人がいそうな所は全て捜した。でも、見付からない。
どこかで擦れ違ったのだろうか。一人で捜すには、城は広い。いい加減疲れた。
見合いが明日だから、今日はあえて顔を合わさないようにしている、なんてことは……ありだろうか。
広間へ戻っていれば、そのうち彼も戻って来るかも知れないが、周りに人のいない所で話がしたい。
騒音でお互いの言葉が聞き取りにくかったり、会話中に第三者が入って来るかも知れない場所ではなく。
確かめたい。
ダージェンの王子は誰なのか。シャーリーンの知るラジェートが誰なのか。
ここがダメなら、明日のお見合いまで待つしかないかしら、と思いつつ、客人の控え室の外にあるバルコニーを捜していた時だった。
「どなたかお捜しですか、姫?」
後ろから声をかけられ、ぱたぱた走っていたシャーリーンの足が止まった。振り返ると、昨日別れたラジェートと同じ顔がそこにある。声も同じ。
ひげはないが、やはりラジェートだ。いや、ここにいるのは、ダージェンの王子のラジェートで……。
あ、右耳の下にほくろがある。じゃあ、やっぱりそうだってこと?
「さっきから、あちこち走り回っていらっしゃるようだ。よろしければ、私もお手伝いいたしましょうか」
さっきから? つまりあたしが走ってるのを、ずっと見てたって訳?
ちょっと怒鳴りたい気分をどうにか抑え、シャーリーンは息を整えて姫らしく話した。
「あなたをお捜ししておりました」
「おや、私でしたか。何のご用でしょう」
「いきなりつかぬことをお伺いしますが……あたくし、あなたとお会いするのは今日が初めてでしょうか」
「カルシャの姫君にダージェンの王子が見えるのは、これが初めてです」
ラジェート王子は、にっこり笑って「正直に」言った。
「では……あたくしはあなたにそっくりな殿方とお会いしたのですが、一体どなただったのでしょうか」
「おや、姫君はその男のことをもうお忘れになられたのか。これは淋しいこと」
「あら、あなたに関係のある方ですの?」
もーうっ、そうならそうって、早く言いなさいよっ。
「非常にね。なにせ、同じ男ですから」
「でも、先程、あたくし達が会うのは初めて、とおっしゃいましたわ」
「ダージェンの王子として、あなたにお会いするのは初めてだ、と申しました」
ここにクッションでもあれば、投げ付けたい気分だ。
「……もういいわ」
シャーリーンは渋い表情になり、ラジェートは笑い出す寸前だ。
「一体、どういうこと? 説明してよ。あなた、何も言わなかったじゃないの、自分が王子だなんて」
「シャーリーンが勝手に、俺達を盗賊だと勘違いしただけだ」
「そ、それはそうだけど……誰も否定しなかったわ」
確かに、勘違いしたのはシャーリーンだ。
でも、ラジェート達をドロボー呼ばわりしたのに、彼らは「違う」とは言わなかった。王子ご一行様なら、そこはちゃんと否定するべきではないのか。
ラジェートが王子なら、センキス達は侍従や騎士といった立場の人達。みんな、盗賊だと誤解をされているのに、なぜ身分を明かさなかったのだろう。
「言って信じたか? そう思い込んでいたくせに。弁解しても、嘘つきはドロボーの始まりで、もうドロボーだから嘘は平気なんでしょ、くらいは言い返しそうだったぞ」
言っていたかも知れない……。





