16.求めるならそばに
「あんなひげを生やしていたら、盗賊にしか見えないじゃない」
「ひげのある男なんて、どこの国でも珍しくない。だいたい、砂漠の横断中にそこまで身ぎれいにする奴なんて、そういないぞ。それに、ひげがあるって言っても、バグラーム達に比べれば薄い方だ。剃らなかったのは、たかだか数日なんだから」
そう言われたら、納得するしかない。
バグラーム達は、顔が埋もれているのかと思うくらい、ひげが濃かった。ラジェート達は、それに比べれば薄い。今思えば、生やし始めて数日くらいかな、という程度。
シャーリーンがラジェート達を盗賊と勘違いしたのは、彼らのひげ面のせいもあるが、隊商ならもっとダクラや荷物が多いはず、と思ったからだ。
しかし、盗賊が徒歩で砂漠を移動するなんておかしい、と考えるべきだった。逃げる時に自分の足で走っていたら、役人に追い付かれ、捕まってしまう。
「それに、会うのもいやがってた当の本人に会うなんて、偶然にしてもできすぎているだろ? 話したところで、絶対に信じないだろうと思ってな。だから、みんなにも口止めした。言葉遣いも、普通にさせた。そこからばれるかも知れないからな。……それに、面白そうだったし」
「面白そう?」
「姫の本音が聞けそうだったしな。取りつくろわない、本当のシャーリーンが」
「ずっ……ずるいっ。あなたはわかっていたからいいけど、あたしは知らなかったのよ。あなただけわかってるなんて、絶対にずるい」
昨日、あたしがどれだけ泣いたと思ってるのよ。
でも、その言葉は実際には口にできない。今更言うのも恥ずかしかった。
「俺がずるいのは、認める。それじゃあ、シャーリーンはひどいっていうのも、認めるか?」
「あたしがひどい?」
何かひどいことをしただろうか。休憩や野営をする時に、ろくな手伝いができなかった、というのが「ひどい」と言われるなら、そこは認めるしかないが。
「会ったこともない俺のことを、傲慢な奴だとか、二目と見られない不細工な男だって言ってただろ」
「あ……」
まさか本人の目の前で、本人の悪口を言っていたとは。想像もしなかった。
それを指摘されて、シャーリーンは赤くなる。
「あっは……取り消すわ、あれ」
「えらくあっさりと言ってくれるじゃないか。俺は結構、傷付いたぞ。目の前で、これ以上ないってくらい、はっきりきっぱり言われたんだからな」
「ごめんなさい……」
謝りながらも、笑いが込み上げてきた。
あの時「本当は優しくて、いい男かも知れない」と言っていたのは、自分のことだったのだ。
あれを聞いて周りが吹き出したのも、今ならわかる。
「ラジェートがカルシャで会わなきゃならない人って、あたしのことだったのね。あたしはてっきり、カルシャの盗賊の頭と会議でもするのかと思ってたわ」
「カルシャの姫がこうじゃ、盗賊は逃げ出すな」
そう言いながら、ラジェートは懐から何か包みを取り出し、シャーリーンに手渡す。開いて見ると、あのくしだ。
「これ……」
「砂漠に落ちていたそうだ。俺達のテントと、バグラーム達のテントの間に」
やはり、連れ去られる時に落としていたらしい。それにしても、砂漠でこんな小さい物をよく見付けられたものだ。
「ねぇ、これを贈る人って、あたしだったの?」
「ああ。女性に手土産の一つもなしに行くなって、妹に言われてね。カルシャの姫は美しい黒髪を持っていると聞いていたから、これならいいだろうと」
「用済みになりそうだって言って、あたしにくれたじゃない」
本当は、シャーリーンに渡すはずだった品。それを用済み、ということはシャーリーンと会っても、渡すつもりがなかった……?
「会うのもいやがっている姫に渡しても、捨てられそうなんでな。使われないまま捨てられたら、いくらくしでもかわいそうだろ」
思いっ切り、皮肉られている。
つまり、あたしはあたしに嫉妬してたの? てっきり、ラジェートの恋人に渡される品だと思っていたのに。
「あたしが昨日泣いてたのを見て、実は心の中で笑ってたんじゃない?」
シャーリーンは、ラジェートのいわゆる「正体」を知らなかった。だから「これでもう会えない」と思って泣いてしまった。
でも、彼は今日、こうして来ることになっていたのだ。それをわかっているから「また来る」とはっきり言い残して去った。
シャーリーンにすれば、逆にそのはっきり交わされた約束が、二度と会えないことを物語っているようにすら思えたのに。
「まさか。俺はそう言われる程、底意地の悪い性格はしていないぞ」
シャーリーンは、少し疑わしげな目で見る。
「そうかしら」
シャーリーンにすれば、こう言うのが精一杯のお返し。
「嬉しかったよ」
正面から言われて、シャーリーンの方が赤くなる。
「それに、自信も出たかな」
「自信?」
「盗賊だと思っている男が相手でも、好きになってくれたんだから。これなら、傲慢で二目と見られない不細工なダージェンの王子も、がんばれば振り向いてもらえるかなって」
これは、まだ皮肉られているのだろうか。
「前から言おうと思ってたんだけど」
「何?」
「ラジェートって、一言多いのよ」
「シャーリーンはそそっかしくて、思い込みが激しい」
見事にしっかり返されてしまった。
「でも、頑張り屋だということは、よくわかった」
急にほめられると、恥ずかしい。
「あたし、お見合いはいや、なんてゴネてたけど、よく考えてみれば相手から断られることだってあるのよね」
自分が断ることばかりを考えて、相手から断られることは全く頭になかった。おめでたいと言えば、おめでたい。
「他の奴なら、こんなに元気のよすぎる姫は辞退したいって言うだろうな」
シャーリーンの性格を知れば、そういうこともありうる。
「ふーんだ。……ダージェンの王子様は、どのようにお考えなのかしら」
「おや、あなたがそんなことを気にされるのですか」
「あたくし、人の心が読める力などありませんもの」
「私はザドーア王から、今度の話はなかったことにしてほしい、と言われはしないかと、ずっと不安に思っているのですよ」
ラジェートも言ってくれる。
「それなら、心配なさる必要はありませんわ。あたくしがそのようなこと、父に言わせたりはしません」
シャーリーンがラジェートに寄り添い、ラジェートがそっとシャーリーンの肩を抱いた。
「私から姫に、お願いの儀があるのですが」
「何でしょう?」
「あまり無茶なことはしないでくれ。さらわれたのを見た時、寿命が縮まった」
「あれは、不可抗力よ」
「砂漠に来なければ、なかった出来事だ」
本当なら、ラジェート達はもう少し早く国を出発するはずだった。
しかし、問題が重なって起き、対処しているうちに時間が過ぎる。で、式典に間に合わせるには砂漠を渡るしかない、となってしまったのだ。
しかし、そうすることで、運良くシャーリーンはラジェート達に拾われ、国へ帰れた。
一日でもラジェート達の出発がずれていたら、シャーリーンはバグラーム達にさらわれるまでもなく、砂漠の真ん中で干からびていただろう。
「わかりました」
素直に言っておく。
もし何か起きて城出することになっても、もう砂漠へは行かない。
これは、昨日も言っていたことだ。それ以外で無茶なことは……今のところ、特に思い付かないので、やらかすことはない、はず。
「もう一つ、お願いしても?」
「ええ、もちろん」
「また、お茶を淹れていただきたい。一度しか飲めていないので」
バグラームの手下にさらわれた夜、シャーリーンは食事中に寝てしまった。なので、食後のお茶はなしになったのだ。
なので、シャーリーンがお茶を淹れたのは一度だけ。
「お茶くらい、いくらでも」
その時は、センキス達にもふるまわなくては。きっと、今もどこかで待機しているだろう。
「あたくしも、お願いしてよろしゅうございますか?」
「何なりと」
「ずっとそばにいて」
「シャーリーンが求めるなら、俺はそばにいる」
昨日、別れ際にも言われた言葉。これから真実になるのだ。
二人は、くちびるを重ねる。
「もう、見合いは必要ないかな」
「うん」
空はすっかり暗くなり、満ちた月がシャーリーンの手にある玉虫色のくしを光らせた。





