14.城へ帰って
二人がそう話している間にも、ダクラはカルシャへ近付いて行く。
実際の話、ダクラに乗りっ放しでもそれはそれで疲れてくるが、ずっと歩き続けるよりはいい。
乗って楽しているのは、自分達だけ。文句を言っては、怒られる。
「あ、姫様。街が見えてきましたわ」
フィーネの指差す方向を見ると、うっすらとかすんだ景色の向こうに、建物の屋根があった。とうとう戻って来たのだ、カルシャに。
時間的にも、昼過ぎ。センキスが昨日言っていた通りだ。
ようやく帰って来られたのに、シャーリーンの心は晴れない。
帰れなければ身体がつらいのに、帰れるとなると心がつらくなってくる。
「じゃ、さるぐつわをさせてもらおうかな」
リースター達が、バグラーム一団の男達にさるぐつわをしていく。
「何をしやがるんだっ。寄るな、寄るんじゃねぇ」
手は縛られたままだが、身体を激しく動かしたり、蹴り上げたりして、バグラームは必死に抵抗する。
「全く、往生際の悪い奴だな。砂漠を歩く時に口がふさがっていたらさすがに苦しいだろうと思って、やらないでおいたんだ。街の中へ入って騒がれると、やかましくなる」
「やめ……ふがっ」
リースターは問答無用で、バグラームにさるぐつわをしてしまう。あとは役所へ連れて行くだけだ。
「昼間にこんな奴らを連れて歩くと、目立ってしまうな。もう少し陽が傾いてから行こう」
あとわずかで砂漠を出る、という場所で、ラジェート達はとどまった。
連れて行って自分達まで捕まったりしたら、間抜けだものね。そうするのも当たり前か。
ここまで来れば、シャーリーンだけでも城へ戻れるだろう。街はもう見えているし、時々城を抜け出して遊び回っているので、街の中はよく知っている。
「あの、あたし達……」
「城へ帰るんだろ。送るよ」
「え、でも」
「一人や二人、街を歩いてたって怪しまれたりしないさ。それに、ここまで関わったんだから、最後まで面倒はみてやるよ」
本当に大丈夫なのだろうか、と心配しつつも、シャーリーンは嬉しいと思ってしまう。
他の面々に別れを告げ、ラジェートの乗るダクラにシャーリーンは乗った。フィーネは、センキスと一緒に乗る。
シャーリーンの顔を知っている者と出会うとまずいので、なるたけ人の少ない通りを選んで城へ向かった。
「こちらの戸口からなら、使用人だけしか使いませんから。あまり目立ちませんわ」
フィーネの教えてくれる出入口へと、ダクラは進んで行く。そこは使用人専用の裏口だ。
シャーリーンも、表玄関から堂々と入れる身分でも格好でもない。一緒にそちらへ向かった。
今は城の中で仕事をする時間帯のせいか、人はほとんどいない。
裏口付近に着くと、女性二人は男性の手でダクラから降ろされた。
あまり裏口に近付きすぎると、シャーリーンの存在が気付かれてしまうし、ラジェート達の顔も見られてしまう。
なので、人がこちらを見ても気にされない距離を保っておく。
「ありがとう……」
「ありがとうございました」
フィーネは戻って来られて、とても嬉しそうな顔をしている。一方で、シャーリーンは少し表情が暗い。
「それじゃ、元気で。もう無茶なことはするなよ。これで懲りただろう?」
「そうね。今度から城出する時は、砂漠はやめておくわ」
その返しに、ラジェートが苦笑する
「……シャーリーン、本当に反省しているのか?」
「してるわ。砂漠は一人で行くと危ない所だってことは、よくわかったもの」
ラジェートはため息をつき、横でセンキスは笑いをこらえている。
「とにかく、他の人間の手をわずらわせないようにするんだな」
ラジェートはそう言って、ダクラに乗りかけた。
「あ、あのラジェート」
「ん?」
「もし……もしまたカルシャへ来ることがあったら、ここへ来て。あたしにできるだけのお礼をさせてもらいます。お父様にはあなたの仕事のことを話せないから、十分なお礼はできないでしょうし、あたしもそんなに色々持っている訳ではないけれど、気持ちだけでも」
「ああ、覚えておこう」
「あの……それと、ラジェートがくれたくしなんだけどね。バグラームの手下にさらわれた時、どこかに落としたみたいなの。返そうと思ってたんだけど……ごめんなさい」
「構わない。あれはシャーリーンに渡したんだ。最初から、返してもらおうとは思っていない」
「そ、そう……」
これで、もう終わりだ。時間稼ぎの話題が出て来ない。
彼とのつながりは消え、ラジェートは行ってしまう。また来て、と言ってはみたものの、盗賊がのこのこと城へ来ることなど、まずないだろう。
忍び込むのはお手のものだろうが、そこまでして会いに来てくれるかどうか。
シャーリーンの目から、涙がぽろっと落ちた。
え、あたし、泣いてるの? やだ、泣く気なんてないのに。変に思われるじゃない。
でも、泣く気はなくとも、涙はこぼれてしまう。泣いている、と自覚した途端、止まらなくなった。
「あの……私、先に入ってますね」
「俺も、あっちで待ってる」
フィーネとセンキスが気を利かしてその場を離れ、泣いているシャーリーンとそれを見詰めるラジェートだけが残った。
「シャーリーン、また来る。そんなに泣くな」
ラジェートはそっとシャーリーンの頬に触れ、涙をぬぐう。
「本当に? 本当に来てくれる?」
「ああ、約束する。必ず来るから。シャーリーンが求めるなら、俺はそばにいる」
「待ってる……」
ラジェートのくちびるが、シャーリーンのくちびるに触れる。
それは気の遠くなるような長い時にも、まばたきする程の短い時にも感じられた。
シャーリーンから離れると、ラジェートは街の方へと消えて行った。
☆☆☆
城では「姫が戻って来られたっ」というので、大騒ぎだ。
すでに各国からの客人がカルシャへ来ているので、表立って騒ぎ立てはしなかったが、王やその周りの使用人達の右往左往ぶりはすごかった。
無事で何より、と喜ぶ者や、心配かけてと怒る者や……。
シャーリーンはずっと砂漠を歩いて来たので、かなり汚れている。侍女達は急いで湯浴みの準備をし、とにかくシャーリーンを姫らしく着替えさせた。
ほっと一息ついた頃、当然のごとくシャーリーンは王に呼ばれ、おとなしく王の私室へ行った。
母である王妃スティルーシャもいて「無事でよかった」と抱きしめられる。横では兄のロザアッシュが、やれやれという表情で妹を見ていた。
「シャーリーン、お前はどれだけ人に心配をかけたら……」
王の前へ来たものの、シャーリーンは王の言葉など聞いてはいなかった。
目の前に出て来るのは、ラジェートの姿ばかり。どうしても消えてくれない。
たった三日程のことなのに、シャーリーンはラジェートに本当に恋をしてしまったのだ。
しかし、その恋は悲しい結末を迎えた。
あんな約束をしても、きっともう会えない。
だいたい、会ってどうしようというのだろう。彼には恋人がいる。その人から、彼を奪うことはできない。奪ったとしても、ラジェートと一緒になることなど、無理だ。また城出でもしない限りは。
いや、城を出ても、ラジェートがどこにいるのかわからない。職業上、家があってもあまり戻ることはないだろう。
そんなことをつらつら考えていると、またシャーリーンの目から涙がこぼれる。
それを見たザドーア王は、慌てた。
いつもどんなに叱っても、涙一つ見せたことがない娘なのに。これまで見たことがない程、涙をぽろぽろと流し始めたのだ。
「こ、これ、シャーリーン。そんなに泣かないでくれ。私の言い方がきつかったのか?」
王も、一人の父親。娘には甘いのである。
いつもなら、今以上の勢いで叱ってもけろっとしているのに、いざ泣かれると大いに焦ってしまう。
「いい子だから、泣かないでちょうだい、シャーリーン」
スティルーシャがなぐさめるように、娘を抱きしめた。
「そんなに見合いがいやか? 私はただ、お前の幸せを考えて、そうしようとしたのだ。確かに、ダージェンは裕福な国だ。しかし、何もそれだけであの国を選んだのではないぞ。その王子が、本当に素晴らしい人だからだ」
王がどんなに言いつくろっても、シャーリーンの涙は止まらなかった。





