13.救出
どこへ逃げればいいのよぉ。
砂漠の方へ逃げてしまえば、バグラームはきっとダクラに乗って追い駆けて来る。他のテントの方へ行こうと思っても、こっちはこっちで斬り合っていて危ない。この場から逃げても、隠れる所なんてどこにもない。
シャーリーンはまともに逃げることもできず、しかしバグラームは確実にこちらへ近付いて来る。
人間がこんなに怖いと思ったことはなかった。
「……リーン……シャーリーン、どこだっ」
逃げ場に迷い、絶体絶命に思っていた時。
シャーリーンの名を呼ぶ声がした。
「え……」
期待しすぎて、幻聴かと思った。でも、確かに聞こえる。ラジェートの声だ。
「ラジェート……ラジェート、助けてっ」
シャーリーンは、出る限りの声を出した。でも……ちゃんと届いただろうか。怖くて、いつもの半分しか声が出てなかったような気がする。
「けっ、お前のいたテントの奴らが、わざわざここまで取り返しに来たのか。欲深い奴らだ」
「欲深いって、何よっ」
「ふん、返り討ちにしてやる」
テントの周辺でバグラーム一団と戦っているのは、ラジェート達だったのだ。
嬉しいと思う反面、シャーリーンは不安だった。
バグラーム達の方が、人数は多いはず。ラジェート達が何人でここまで来たのか定かではないが、全員で来たとしても相手の方が倍近いのだ。
人数的にはラジェート達の方が不利だが、戦況はどうなっているのだろう。
「せっかく手に入れた姫だ。そう簡単には渡さんっ」
バグラームが舌なめずりする。
その顔を見て、背筋に悪寒が走った。今までの何倍も、鳥肌が立った気がする。
「ラジェート、あたしはここっ」
早く来て。また捕まってしまう。
バグラームが、剣を振り上げた。刃がきらりと月光を反射する。
斬られる! 死なない程度に傷付けて、逃げる気をなくすつもりだわ。
そう思ったが、シャーリーンは足が震えて逃げることもできず、身体を小さくして目をつぶった。
すぐ近くで、刀のはねる音がする。びくっとして目を開けると、シャーリーンの目の前にラジェートが立っていて、バグラームの剣を食い止めていた。
「この若造がぁ、邪魔しおって」
あと少し、というところで横入りされ、バグラームは怒りが頂点に達したような顔になる。
「人の女をさらっておいて、結構な言い草だな」
ラジェートとしては、売り言葉に買い言葉のつもりで言ったのだろうが、シャーリーンはそのセリフを聞いてどきんとなる。
「男に用はねぇ。殺して身ぐるみ剥いでやるっ」
「できるのならな」
「一つ残らず、盗ってやらぁっ」
盗賊らしい文句を吐いて、バグラームはラジェートに斬りかかる。
シャーリーン程でなくとも、ラジェートとバグラームの体格差は大きい。だが、ラジェートはたくみにバグラームの剣をかわし、徐々に追い込んで行く。
「くそぉっ、ふざけおってぇ」
「ふざけるなと言いたいのは、こっちだ」
突き出してきたバグラームの剣をかわしざま、ラジェートは柄でバグラームの首を打った。
「う……ぐ……」
呻きながらもバグラームは倒れ、あっけない程簡単に気絶した。図体ばかり、ということか。
「ラジェート!」
邪魔にならないよう、離れて見守っていたシャーリーン。ラジェートが勝ったと知るや、彼の方へと駆け出した。
助けに来てくれたのがとにかく嬉しくて、シャーリーンはラジェートに抱き付く。
気付いてくれるとは思わなかった。気付いたとしても、助けに来てくれるとは思わなかった。
しかし、彼はここにいる。
「ケガは?」
「ないわ」
それだけの会話の後、二人は自然にくちびるをかさねていた。
☆☆☆
人数はバグラーム一団の方が多かったのだが、力ではラジェート達の方が上だった。
全員が後ろ手に縛られ、その辺に転がされる。意識を取り戻したバグラームがわめいていたが、誰も気に留めない。
「くそぉ、ここはわしのテントだぞ。出て行けっ」
縛られていない足をばたばたさせて、怒鳴り続ける。
「お前も盗賊なら、食うか食われるかという掟くらいはわかっているだろう。お前は俺に食われたんだ。あきらめろ」
「何をっ、このガキがっ。うがっ……」
ラジェートは冷たく言い放つと、やかましいバグラームの口をさるぐつわでふさいだ。
しばらくあきらめきれずにもがいていたバグラームだが、やがて静かになった。あきらめた……と言うより、疲れたらしい。
「どうして、あたしがさらわれたってわかったの?」
「テントを出てから、なかなか戻って来ないからな。外を見た時、ちょうどシャーリーンが連れて行かれるところだった」
「あたしがテントを出たの、知ってたの」
てっきり、眠っていると思っていた。だから、起こさないよう、静かに出たつもりだったのに。
「こんな場所じゃ、気配が少し変わればすぐにわかる」
あたしは朝になってラジェートに起こされるまで、何もわかんなかったけど……。
「あの人達は、これからどうするの?」
「カルシャへ連れて行く。役所の前にでも、放り出しておくさ」
「盗賊が盗賊を突き出すの?」
「一組でも盗賊はいない方が、お互いのためだろ」
ライバルがいない方が仕事もやりやすい、ということか。わかるようなわからないような。
シャーリーンにすれば、同じ盗賊なら仲間意識で見逃しそうな気がするのだが。何にしろ、盗賊が減るのは世の中のためだ。
フィーネは目の前で争いが繰り広げられたショックで、意識を失っていた。起こすのもかわいそうなので、そのまま寝かせてある。
「さんざんな夜だったわ」
まさか城出の最中に、二度も盗賊に遭うとは思わなかった。
おまけに、手を出されそうにまでなって。十七年の人生で、一番の危機だと言える。こうして無事でいられるのは、ほとんど奇跡だ。
「まったく。えらい女を拾ったものだ」
「う……好きでさらわれたんじゃないもん」
シャーリーンが拗ねた口調で言うと、ラジェートは笑った。
「わかってる。少し休んでおけ。夜明けまでは、まだ時間があるから」
「うん。ラジェート達は?」
「こいつらの始末をしたら、休む」
「始末って……殺すのっ?」
「さっき、役所の前に突き出すって言っただろ」
「あ……そっか」
「テントの中へ入れてやるんだよ。明け方は冷えるから。どうせ捕まれば首は飛ぶだろうが、それまではな。最後の情けだ」
シャーリーンは、フィーネが休んでいるテントへ入る。
外から聞こえるざわめきはうるさいし、色々ありすぎて頭が興奮して眠れそうにない……と思ったが、横になるとすぐに意識が遠のいた。
☆☆☆
次の日は、大所帯での砂漠移動となった。
ラジェート達が六人と、シャーリーンが加わって七人。バグラーム一団は全部で十三人いて、そこにフィーネが加わり十四人。
結局、全部で二十一人にもなってしまった。大盗賊団か隊商だ。
シャーリーンが眠っている間に、センキス達が自分達のテントを片付けてこちらへ戻って来ていた。朝になって軽く食事を済ますと、出発する。
バグラーム一団は歩かせ、彼らのダクラにはシャーリーンとフィーネが乗せられた。
みんなに悪いから、とシャーリーンは辞退したのだが、せっかく乗れるダクラがいるのだから、と言われてありがたく乗ることにする。
正直なところ、歩かなくていいのはものすごく、ものすごーくありがたい。足のマメはまだ痛いし、今日も身体の節々が筋肉痛で悲鳴をあげているから。
「姫様、あの方達はどういうお方なのです?」
シャーリーンの後ろに乗っていたフィーネが、そっと尋ねた。
夜は気を失っていたし、朝になれば食事をして慌ただしく出発となって、彼らのことがわからないのだ。
それでも、助けてもらったようだ、ということはわかっている。
「ラジェート率いる盗賊よ。あたしは、彼らに助けてもらったの。別にこき使われたりしなかったし、いい人達よ」
何やかんやとさせられたものの、あれは自発的に手伝ったこと。こき使われた、と言ったりしたら、文句を言われそうだ。
それに、いい人達には違いない。これは本音だ。
「私達、盗賊に縁がありますねぇ」
「はは……そうね」





