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聖女の巡礼は滞りなく。
しかし、各地の異変は鳴り止む事を知らない。
歴代の聖女で尤も勤勉で敬虔な聖女ナタリアは王国の誇りである筈だった。
先代の聖女カトリーナも太鼓判を押している。
だからこそ、王太子オリバーは自分の目で確かめる為に聖女の逗留する土地に足を運んだ。
栗色の髪に黒い瞳の聖女は民衆の声に真摯に耳を傾け、救いの手を差し伸べていた。
それでも異変は終わらない。
神に深く愛される聖女の巡礼において、今迄に有り得なかった出来事である。
神像に祈りを捧げる聖女の姿は神々しく、誰もが涙を流した。
艱難辛苦も、聖女の巡礼に依って救われる。
一般的にはそう伝わっているが、実際には少々異なる。
聖女の巡礼の旅の始まりは王家が精霊に対して犯した罪に対する贖罪の旅であり、初代の聖女が誕生してから2000年、精霊は1度たりとも姿を見せていない。
即ち、2000年を経てなお、王家は赦されてはいないのだ。
故に、60年に一度、聖女は巡礼の旅に出る。
聖女の巡礼によって、凡そ60年の間は魔物の暴走も起きず不作に悩まされる事のない平和が約束される。
しかし、聖女ナタリアが巡礼を始めて3年。
確かに巡礼は滞りなく進んでいるにも関わらず、国のあちこちで不満の声が上がっている。
「貴殿が、聖女ナタリアであるか?」
オリバーの問いかけに、祈りを捧げていた聖女ナタリアは顔を上げる。
ひゅ、と、オリバーは思わず息を飲む。
ガラス玉の様な瞳。細い、を通り越して痩せぎすの身体。
立っているのもやっとなのであろう事は見てとれた。
「―――待て。キミは、何処かで見た事がある」
オリバーは記憶を手繰り寄せる。先代の指名した聖女と、生まれた頃と生まれた土地は同じでも、髪色と瞳の色の異なる少女。
ティムール・ベクマンベトフ男爵に、確かに汝の家系に生まれると信託を受けた乙女であるか、と言う問いかけに、男爵夫妻は
「間違いなく、この娘でございます」
と言った。
髪色や瞳の色は、成長により変質する事も稀にあると聞く。
だから、誰も新しい聖女・ナタリアに疑いを向ける事など考えもしなかった。
「―――…ルカ。そうだ、其方は、私の7歳の誕生日に、中庭で出会った、ルカであろう」
聖女ナタリアの黒い瞳が大きく見開かれた。
「いと尊き王太子殿下。ただの一度、城に上がった見窄らしい私の名を、覚えていらしたのですか」
先代の聖女が指名した聖女の生まれる家系であり、生まれた頃と生まれた土地、髪色と瞳の色が合致する娘、と言う事もあり、幼い頃に一度だけ、聖女ナタリアは王城に両親と妹を伴って登城した事があった。
ナタリア嬢と男爵夫妻は王家に取り入ろうと必死だった。
そんな3人の傍らで、手持ち無沙汰にしていたのが聖女ナタリアの3つ下の妹だった。
『何をしている?』
『星告草を見ています』
この草があれば、領地で解熱剤が調合出来るのだと、娘は言った。
『ベクマンベトフ領では星告草は自生していないので手に入らないのです』
北の大地である男爵領では暖かい場所に群生する星告草はなかなか手に入らず、ただの風邪を拗らせて命を落とす領民もいるのだと、舌足らずな言葉で娘は言った。
『お姉様が聖女になれば、私の故郷にも星告草は咲くのでしょうか?』
幼いながらに領民を思いやる娘の姿を見て、オリバーは娘について探りを入れた。
名前はルカ。
男爵の祖母に似た容姿をしている、と言うそれだけの理由で両親から蔑ろにされていて、姉のナタリアも両親に便乗している。
性格も、男爵の祖母に良く似ているらしい。
―――そのルカが、何故、聖女ナタリアとしてこの場にいるのか。
オリバーは確かめる事にした。




