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呼び名に込めた、一瞬の本音
お嬢の独り言
「……あ、今、私……。
いけないわね、代筆屋が情に流されるなんて。
普段は『おじさん』って呼んで、あんたの無鉄砲さに呆れて見せているけれど。
あのボロボロになった帆と、真っ黒に焼けて一回り逞しくなったあんたの背中を見たとき、どうしても言葉が詰まってしまったのよ。
燕青の娘としてこの看板を背負っている私にとって、あんたはただの差配役じゃない。
私に『義』を教え、この乱世で生き抜く術を授けてくれた、唯一無二の……。
でも、今の言葉は内緒よ。
明日からはまた、いつものように『おい、おじさん! 早く荷を解きなさいよ!』って、お尻を叩いてやるんだから!」
おじさんは、お嬢のそんな心の揺れに気づいているのかいないのか、豪快に笑いながら省倉の重い扉を閉めています。
陽ちゃんは「おねえさま、今、お父さんって言いませんでした?」とニヤニヤしていますが、美林様は、二人の間に流れる深い絆を、温かな眼差しで見守っておいででした。




