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「……おじさん、高麗の洗礼はまだ終わっていなかったみたいね。港守の男が見せたのは、形ばかりの歓迎じゃない。彼らなりの『品定め』だったのだわ」
港守に案内された先は、潮風の吹き抜ける広大な競技場。そこには、砂埃を巻き上げながら馬を駆る、高麗の精鋭たちの姿がありました。
撃毬の庭、星の共鳴。
お嬢の独り言
「……馬上の戦士たちが手にしているのは、長い木の棒。
先が湾曲したその杖で、地面を転がる小さな毬を奪い合い、馬を自在に操りながらゴールへと叩き込む。
高麗の『撃毬』南宋では、「打毬」……。
高麗のそれは単なる遊びじゃない。馬上での身のこなし、仲間との連携、そして何より、敵を圧倒する胆力を養うための、実戦さながらの訓練場なのね」
港守の男は、馬上の戦士たちが激しくぶつかり合う音を背に、おじさんを挑発するように見遣りました。
「燕青殿。我が国の門を潜るには、義だけでなく、この『強さ』を認めねばならん。宋の男に、この激流に飛び込む勇気があるかな?」
お嬢の独り言
「……ふふ、おじさんにそんな言葉を投げかけるなんて。
相手はあの、梁山泊で一番の身軽さと、相撲の達人として知られた燕青よ。
おじさんは、真っ黒に焼けた顔に不敵な笑みを浮かべ、上着を無造作に脱ぎ捨てたわね。
『高麗の連中は、馬の上でも随分と賑やかじゃねえか。
悪りいが、俺のいた場所じゃ、これより速い矢が飛び交う中で飯を食ってたもんでな』」
おじさんは、貸し出された馬の鬣を一つ叩くと、鞍も置かずにひらりと跨がりました。公孫勝様のお弟子さんたちが、その背中に静かな加護の呪文を唱える中、おじさんは一本の木の棒を手に、砂煙の渦中へと突っ込んでいきました。
お嬢の独り言
「……見ていてちょうだい。
おじさんの馬術は、型に嵌まった軍のそれじゃない。
燕のように低く飛び、獣のように鋭く切り込む。
高麗の戦士たちが驚愕の声を上げる中、おじさんはその身軽さを活かして、まるで毬が体の一部であるかのように自在に操り始めたわ。
これこそが、三十六星の底力。
おじさんは馬の上で、高麗の空を支配して見せた」
一際鋭い打球音が響き、毬がゴールを揺らした瞬間。
競技場を包んでいた殺気は、地を揺らすような感嘆の咆哮へと変わりました。
お嬢の独り言
「……おじさん。
あんたが今、高麗の戦士たちの心を、その木の棒一本で掴み取ったのが分かるわ。
燕青の娘として、私はこの『馬上での対話』を、商会の真の武勇伝として書き記すわね。
義で門を開き、力で友を作る。
さあ、これで本当の意味で、高麗の地が私たちの『庭』になったわ!」




