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「……農地の援助、ですか。公孫勝様、それは単なる慈善ではなく、この国の『根』を植え直す作業になりますね」
私は、公孫勝様が示された各地の荒廃した土地の図面を広げ、その上に指を走らせました。
そこには、重税や戦火で打ち捨てられた田畑と、そこで泥にまみれながらも必死に命を繋ぐ民たちの姿が透けて見えるようでした。
泥土に蒔く「未来」の種
お嬢の独り言
「……農地の援助。
趙長官から引き出したあの膨大な利潤を、華やかな絹や酒に変えるのではなく、土へと還すのね。
今は名もなき民たちが、自らの手で耕し、腹を満たし、子を育てられる場所。
『華翊商会』が土地を買い取り、あるいは荒地を切り拓き、彼らに無償、あるいは極めて低い小作料で貸し出す。
そこで収穫された米や麦が、やがて来る動乱の世で、どれほど強固な『兵糧』となり、民の『盾』となるか……。
公孫勝様、貴方は今の南宋を救うだけでなく、百年後の新しい天を見据えておいでなのね」
私は早速、愛蘭さんに筆を執ってもらい、各地の有力者や地主たちとの交渉のための「農地再生計画書」をまとめ始めました。
お嬢の独り言
「……おじさん。
あんたが海で門を叩き、道を切り拓いている間に。
私はこの大地に、決して枯れない『義』の根を張らせるわ。
次の世に続く者が、その土地で汗を流し、大地の力を蓄える。
私たちが用意した農地が、彼らにとっての安住の地となり、やがて世界を塗り替える英傑を育む揺りかごになるのなら。
燕青の娘として、これほど壮大で、やりがいのある代筆仕事はないわね」
陽ちゃんは、「おねえさま、私も鍬を持って手伝いに行きます!」と鼻息を荒くし、美林様は、「民を富ませる王道」の尊さに、深く頷いておいででした。
お嬢の独り言
「……趙長官には、『開墾による新税収の確保』という名目で話を通しましょう。
あの御方なら、将来の取り分を提示すれば、喜んで印を捺してくださるはず。
でも、その裏で私たちが守るのは、長官の懐ではなく、未来の王朝を担う逞しい民の命。
さあ、墨をたっぷり含ませて。
大地を潤す雨のような、慈しみ深い『農地契約書』を書き上げるとしましょう」
筆房の外では、春の柔らかな光が庭の土を温めていました。
その土の下で、やがて歴史を動かす巨大な力が、静かに、けれど確実に目覚めようとしているのを感じながら。




