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「……ふふ、趙財務長官も、よほどこの『華翊商会』がお気に召したようね」
私は、書き上がったばかりの『邸報』の草稿を指先でなぞりながら、思わず口元を綻ばせました。
文さんたちが、翊華印盤で刷り上げているこの報紙は、今や臨安の官界や商界で、無視できない影響力を持ち始めています。
墨香にのる「誇り」
お嬢の独り言
「……今回の目玉は、なんと言っても趙長官の自慢話よ。
『省倉を併設した華翊商会こそ、南宋の物流の鑑である』。
長官自らがそう吹聴してくだされば、それは何よりの通行証になる。
高官たちの人事動向を織り交ぜつつ、さりげなく商会の盤石さを印象付ける……代筆屋が得意とする『情報の裏打ち』ね。
そして、その紙面の中央には、李美林様の紹介記事を据えたわ。
南国の王族でありながら、自ら窓口に立つ気高さ。
彼女の存在は、この商会が単なる金儲けの場ではなく、国と国とを繋ぐ高潔な場所であることを、読者に知らしめてくれるはずよ」
愛蘭さんが、刷りたての紙面を興味深そうに覗き込んでいます。
彼女の多才な経歴や、高麗との架け橋としての役割も、次号では「布地と文化の伝道師」として、柔らかい筆致で紹介するつもりです。
「花陽ちゃん。この邸報を、市舶司や馴染みの店だけでなく、柴翊様のお屋敷にも届けてちょうだい。
長官の面子を立てつつ、私たちの新しい仲間を紹介する……。
これが、荒波を立てずに海を渡るための、一番確実な『帆』になるのだから」
陽ちゃんは、美林様の警護を一時、燕青おじさんの弟子たちに引き継ぎ、邸報の束を抱えて元気に飛び出していきました。
お嬢の独り言
「……燕青おじさん。
あんたが熱病の床で夢を見ている間に、私たちの名前は、臨安中の有力者の手元に届くことになったわよ。
おじさんが戻ってきたとき、街のあちこちで『華翊商会』の名が囁かれているのを聞いて、腰を抜かさないでちょうだいね。
美林様の輝き、愛蘭さんの知恵、そして趙長官の権威。
それらすべてを私の筆で一本の糸に紡ぎ、この邸報という形に定着させたわ。




