63
「岳飛様がいらっしゃった、ですって?」
私は、筆を置くのも忘れて、柴翊様からの使いの言葉を反芻しました。
あの岳飛様……。
その武勇と忠義で知られるお方が、わざわざ柴翊様を訪ね、さらには私にまで会いたいと仰っているなんて。
お嬢の独り言
「……燕青おじさん。あんた、一体どれだけ広い付き合いをしていたのよ。
熱病で寝込んでいる間に、ついにこの国の希望とも呼ばれる将軍までが、あんたの安否を気遣って、この屋敷の門を叩こうとしているわ。
柴翊様は、岳飛様が燕青おじさんと連絡が途絶えていることを心配して自分を訪ねてきたのだと分かると、即座に私を紹介するよう手配してくださったのね。
『今の燕青の状況を最も正確に把握し、その留守を守っているのは、あの代筆屋の娘だ』と……。
花陽ちゃん。
美林様の警護も大事だけど、今すぐ身なりを整えて。
これから、この国で最も清廉な武人が、私たちに会いにいらっしゃるわ。
燕青おじさんの弟子たちにも伝えて。影から出る必要はないけれど、一分の隙も見せないようにね」
私は、美林様にもこの急変を伝えました。
南国の王女と、宋の救国の英雄。
この小さな代筆屋の屋敷で、かつてないほど巨大な『縁』が交差しようとしています。
「……おじさん。
あんたがいない間に、私の筆はもう、個人の願いを綴るだけのものではなくなったみたいよ。
岳飛様に、あんたが熱病で寝込んでいる間も、その志を継ぐ私たちがこの臨安で、しっかりと地に足を着けて戦っていることを、堂々とお見せしてあげるわ」
私は、飯店の二階を貸し切りにして最高級の茶葉を用意するよう指示し、背筋を伸ばして、その「偉大なる来客」を待つことにしました。




