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門が開いた瞬間、そこには昨日までの傲慢な態度は微塵も感じられない、満面の笑みを浮かべた市舶司の役人の姿がありました。
その手には、南宋政府の鮮やかな朱印が押された、一点の曇りもない正式な許可証。
華翊商会、波濤を越えて
お嬢の独り言
「……ふふ。蜜の味は、よほど甘美だったようね。
役人の男は、美林様の前に出ると、まるでお天道様を仰ぎ見るような顔をして、震える手で許可証を差し出してきたわ。
『これほどまでに完璧な書類、そして李王家の高貴なるお血筋が窓口に立たれるとあれば、我ら市舶司一同、総力を挙げてお支えする所存でございます!』
昨日まで柴翊様に罠を仕掛けていた連中の回し者とは思えない、見事な手のひら返し。
でも、それでいいの。
美林様がその許可証を、まるで南国の花を愛でるような優雅な仕草で受け取り、最高に輝かしい笑顔で応えられたとき、この商会の『勝ち』は確定したのだから」
「ありがとうございます。皆様の迅速なご対応、故郷の父にも必ず伝えましょう」
美林様のその一言で、役人の背筋がぴんと伸びるのがわかりました。
隣で警護に立つ花陽ちゃんも、短槍を携え、凛々しい表情でその「歴史的瞬間」を見届けています。
柴翊様への報告
私たちはその足で、柴翊様の屋敷へと向かいました。
馬車の中、許可証を大切に抱える美林様と、窓の外を鋭い眼光で警戒する陽ちゃん。
そして私は、揺れる車内で静かに筆を走らせ、柴翊様へ提出する最終的な組織図を整えていました。
お嬢の独り言
「……柴翊様の屋敷に到着すると、あの方は庭の東屋で、静かにお茶を淹れて待っていてくださったわ。
私たちの姿が見えると、あの方はいつもの穏やかな、でもすべてを見透かしたような笑みを浮かべて立ち上がったの。
『お嬢、美林様、そして花陽。……その顔を見れば、言葉は不要だね』
私は三人を代表して、一歩前に出ました。
『柴翊様。ここに、華翊商会の設立を正式に報告いたします。船舶の登録、倉庫の建設許可、すべて滞りなく受理されました』」
美林様が許可証を広げ、陽ちゃんがその傍らで誇らしげに胸を張ります。
柴翊様は、許可証に押された朱印を一度だけなぞり、それから私を見て、静かに頷きました。
「……燕青がいない間に、君たちは臨安の地図を書き換えてしまったようだ。
華翊商会。私の名と、君の名を冠したこの船が、どんな大海原へ漕ぎ出すのか……楽しみだよ」
お嬢の独り言
「……燕青おじさん。
あんたが熱病の夢から覚めて、海を越えてこの臨安の港に戻ってきたとき、一番に目にするのは、この『華翊商会』の大きな旗よ。
敵を飲み込み、王族を迎え、最強の護衛と影に守られた、代筆屋の『城』」




