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「……嵐のような賑わいから、ようやく一つの『形』に落ち着いたわね」
屋敷の空気は昨日までとは一変していました。
あの大勢いた張家の人々のうち、帰路につく者たちが静かに出立し、残った数人はすでに貿易船の管理や美林様の身の回りの世話役として、無駄のない動きで持ち場についています。
お嬢の独り言
「……飯店の手伝いが必要なくなった花陽ちゃんは、今や美林様のすぐ傍らで、鋭い視線を周囲に走らせているわ。
南国の姫君を守る若き女武芸者。その姿は、この屋敷に新しい緊張感と華やかさを与えてくれている。
そして、私の周り。
燕青おじさんの弟子たちは、私の指示を待つまでもなく、音もなく影へと消えていった。
目には見えないけれど、彼らの気配が屋敷の隅々にまで張り巡らされているのがわかる。
これこそが、かつての英雄たちが持っていた、静かなる威圧感……。
代筆屋の書房を守る影と、商会の窓口に立つ光。
この屋敷は今、臨安で最も強固な『城』になったのかもしれないわね」
私は、美林様のために用意した新しい執務机を見つめました。
そこには、私が昨夜書き上げたばかりの『華翊商会』の設立書類が、市舶司の役人の到着を静かに待っています。
「……陽ちゃん。美林様をお守りするのは、あなたにしかできない大事な役目よ。
でも、たまにはあの子の話し相手にもなってあげてちょうだいね。
この慣れない異郷の地で、彼女が一番頼りにしているのは、あなたのその真っ直ぐな強さなのだから」
陽ちゃんは、美林様の背後で短槍を握り直し、短く、でも力強く頷きました。
お嬢の独り言
「燕青おじさん。
あんたが熱病で寝込んでいる間に、弟子たちは立派な『影』になり、陽ちゃんは高貴な方の『盾』になったわ。
そして私は、この筆と蜜を使って、あんたが作った縁を『商売』という名の理で縛り上げた。
さあ、美林様。
窓口の準備は整いましたわ。
あの役人たちが、賄賂の果実よりも甘い『利権』の匂いに誘われて、もうすぐこの門を叩く頃よ」
私は、自分専用の硯に最後の一滴の水を落とし、静かに墨を磨り始めました。
新しく生まれる商会の歴史を、最初の一行から書き記すために。




