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「……敵は、遠くに追いやるよりも、すぐ近くに置いておくのが一番安全だもの」
私は、書き上げたばかりの設立名簿を指先でなぞりながら、ふっと独り言をこぼしました。柴翊様を陥れようとした高官の関係者たち。
彼らを排斥するのではなく、あえて『華翊商会』の利益の輪の中に、目に見える形で繋ぎ止めておく。
甘い蜜を吸わせ、逃げられないほどに利権で縛り付ける。それが、彼らが再び牙を剥くのを防ぐ、最も確実な「毒」になるのだから。
掌の上の毒蛇
お嬢の独り言
「……柴翊様も、私のこの提案を聞いたときは少し目を細めていらしたわ。
『お嬢、それは最も危険で、かつ最も賢明な策だね』と。
敵対しているうちは、相手がどこで何を企んでいるか分かりゃしない。
でも、同じ商会の看板を背負わせ、南国の果実や貿易の上がりを分配する立場にしてしまえば、彼らの動向はすべて私の手元に筒抜けになる。
李美林様という王族の威光を傘に着て、彼らには『協力者』という名の鎖を付けてあげる。
市舶司の許可がこれほどまでに迅速に下りようとしているのも、彼らが自分の懐を潤すために、必死で役所を動かしているからに過ぎないわ」
深夜、飯店の戦士たちの帰還
門を叩く大きな音と共に、(火)花陽ちゃんと燕青おじさんの弟子たちが戻ってきました。
彼らは、庭に鎮座する貿易船一隻分の果実の山と、居間に控える張家の方々、そして凛とした佇まいの李美林様を見て、持っていた手桶や手ぬぐいを落とさんばかりに驚いています。
「ね、ねえさま! 飯店が終わって戻ってきたら、屋敷の中が南国の市場みたいになってますわ! それに、あの方は……?」
陽ちゃんが目を丸くして美林様を見つめます。
「お帰りなさい、陽ちゃん。みんなもお疲れ様。
あの方は李美林様。燕青おじさんが熱病で足止めを食らっている間に、私たちの新しい商売の『鍵』を持ってきてくださったの。
……それから、弟子のみんな。
明日からは、昨日まで敵だった連中が、ニコニコしながらこの屋敷に挨拶に来るわ。
でも、決して気を許さないこと。
彼らは私たちが飼い慣らすべき、掌の上の毒蛇なんだから」
お嬢の独り言
「……燕青おじさん。
あんたが熱病にうなされている間に、この臨安の力関係を根こそぎ書き換えておいたわよ。
あんたが戻ってきたとき、かつての敵が私たちの前で揉み手をしながら頭を下げていても、驚いて熱をぶり返さないでちょうだいね。
近日中には、市舶司から正式な許可証が届くはず。
倉庫の建設も、商会の登記も、すべては私の筆と、彼らに与えた『蜜』が導き出した必然。
さあ、陽ちゃん。
驚いている暇があったら、美林様にお茶を淹れて差し上げて。
……それから、自分たちの分の果実を確保するのも忘れないことね」
私は、使い終えたばかりの筆を静かに洗いました。
墨の黒さが水に溶けて消えていくように、敵意もまた、利益という濁流に飲み込まれて消えていく。
『華翊商会』の旗は、誰にも文句を言わせない速さで、臨安の空に翻ることになるわ。




