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「……熱病、ですって?」
次の『邸報』の予定記事を編集中に来客。
南国の香りを纏った、猛者、張横・張順の一族の方が持ってきた知らせに、私は一瞬だけ筆を止める。
あのおじさんのことだから、どこかの島で珍しい酒でも飲んで浮かれているのかと思っていたけれど、まさか病で足止めを食らっているなんて。
でも、代筆屋がここで取り乱しても始まらないわ。
お嬢の独り言
「……燕青おじさん。あんた、あんなに頑丈なのが自慢だったくせに、南国の熱気には勝てなかったのかしら。
『いつになるか解らない』なんて、あの子たちにはまだ言えないわね。
でも、ただの悪い知らせだけじゃないのが、あのおじさんの取り計らいらしいというか……。
支払いの残りとして、貿易船を一隻、それも南国の果実を山積みにして寄越すなんて。
おまけに李俊様の孫娘、李美林様まで同行させて」
美林様は、王族の気品を湛えつつも、海を渡ってきた者特有の逞しさを持ったお方。
彼女の目的は、柴翊様への正式な貿易組合設立の提案。
そして、南宋政府の『市舶司』へ提出するための、一分の隙もない正式書類の作成……つまり、私の出番というわけね。
「……分かりました。美林様、それから張家の方々。
数週間の滞在、不自由はさせませんわ。
燕青おじさんがいない間、この屋敷の差配は私が預かっていますから。
書類の方は、文さんたちとも相談して、役人が唸るような完璧なものに仕上げてあげましょう。
花陽ちゃんたちが飯店から戻ったら、驚くでしょうね。
庭には南国の果実の香りが満ちて、屋敷には新しいお客様。
……寂しがっている暇なんて、一秒もなさそうだわ」
私は、美林様を客間へ案内するよう弟子たちに指示し、新しい墨を出し。
熱病で寝込んでいるあのおじさんが、目を覚ました時に「さすが俺の娘だ」と悔しがるような、最高の商談をまとめてあげようじゃない。
燕青おじさん。
あんたが寝てる間に、こっちは海を越えた大きな仕事、動かさせてもらうわよ。




