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「……へぇ、そんなことがあったのか」
燕青おじさんは、小大さんが削る版木の小気味よい音を聞きながら、私の居ないところでじっくりと「留守中の報告」を受けていました。
小大さんは、いつも以上に熱の入った手つきで彫刻刀を動かしながら、少し得意げに、けれど畏怖の念を込めて語り始めました。
受け継がれる「王者の気風」
「旦那、驚くなんて言葉じゃ足りねぇ。お嬢は、あんたがいない間に臨安の街を、文字と香りで完全にひっくり返しちまったんだ」
小大さんは、宮中を揺るがした政府御用達の『邸報』の仕掛けや、貴族の娘たちが輿を連ねた「願い袋」の熱狂、そして極めつけに、あの李師師様の最期を看取った『幻の便箋』の話を、一気に吐き出しました。
「……あのお嬢の胆力、ありゃあ単なる代筆屋の枠に収まるもんじゃねぇ。
相手が強欲な女将だろうが、泣きつく貴族の娘だろうが、はたまた伝説の傾城だろうが……お嬢は一歩も引かず、その懐に飛び込んで、連中の心を筆先一本で書き換えていく。
俺は彫ることしか能がねぇが、お嬢のあの姿を見てると、時々、背中がゾクゾクするんですよ。……ありゃあ、間違いなく**盧俊義**の大旦那の血だ」
おじさんはそれを聞きながら、手元の酒杯をじっと見つめていました。
お嬢の独り言(扉の影で)
「……おじさん。
そんなに黙り込まないでよ。
私はただ、あんたが守ってくれたこの店を、あんたが帰ってきた時に一番輝かせておきたかっただけなんだから。
でも、おじさんの目は、いつになく優しかった。
あの日、母様から託された和田玉を見つめていた時と同じ、深い信頼の光。」
『……小大。あのお嬢が、そこまでやったか。
……ふふ、俺はまだ、あの子をどこかで“守るべき雛”だと思ってたのかもしれねぇな。
だが、そうか。……盧家の血っていうのは、穏やかな平時じゃなく、嵐の中でこそ最も高く、気高く燃え上がるもんなんだな』
おじさんは、ふっと空を見上げた。
そこには、北の空に向かって羽ばたこうとする、一羽の燕のような雲が浮かんでいた。
『お嬢なら、俺がかつて大旦那と夢見た“新しい時代”を、本当に文字だけで作っちまうかもしれない。……俺も、のんびり隠居してる場合じゃねぇな。
小大、羅針盤の仕上げ、俺も手伝うぜ。お嬢の文字にふさわしい、最高の台座に仕上げてやろうじゃねぇか』
おじさんの大きな背中が、小大さんと並んで仕事場に向かう。
二人の熟練の職人が、私の文字に命を吹き込むために、再び手を取り合った。
燕青おじさん。
あんたに認められたなら、もう怖いものなんて何もないわ。
さあ、最高に精緻で、最高に美しい羅針盤を完成させましょう。
それが、私たちの新しい航路を指し示す、最初の道標になるんだから!』




