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「……ねえさま、もうガマンの限界ですわ! 名前を聞くだけで涎が零れそうなのに、そんなに楽しそうに蘇東坡様の詩なんて詠じられたら……!」
花陽ちゃんが、目を白黒させながら訴える姿に、私は思わず笑ってしまいました。確かに、今の華顧飯店に漂う、あの甘辛く芳醇な香りは、どんな高潔な志をも惑わす「魔力」があるわね。
鶏の誘惑、顧飯店の暖簾をくぐって。
お嬢の独り言
「……ふふっ、分かったわよ、陽ちゃん。
そんなに瞳をキラキラさせて、お腹の虫を鳴らされては、代筆屋の名が廃るわ。
今日は趣向を変えて、顧大嫂おば様の孫娘たちが切り盛りする本店、『顧飯店』へ皆で行きましょう。
華顧飯店の『東坡肉』の真髄も素晴らしいけれど、あちらの本店でしか味わえない、あのしっとりと黄金色に輝く『蒸し鶏』……。
想像しただけで、陽ちゃんなら弓を引く力が百倍になりそうね」
私は、美林様と、いつも健気に付き従ってくれる**愛蘭**に声をかけ、臨安の活気ある路地へと足を踏み出しました。
お嬢の独り言
「……美林様、お待たせいたしました。
王族の洗練されたお口にも、顧大嫂おば様から受け継がれたあの素朴で力強い滋味は、きっと新しい驚きを与えてくれるはず。
愛蘭も、今日は遠慮しなくていいのよ。
お孫さんが運んでくる蒸籠の山を、陽ちゃんと競うようにして平らげてしまいなさいな」
顧飯店の暖簾をくぐった瞬間、華顧飯店とはまた違う、鶏の脂と生姜の清涼な香りが鼻腔をくすぐります。
お嬢の独り言
「……ああ、この匂い。
蘇東坡様が『猪肉頌』で豚肉を愛でたように、この鶏料理にもまた、言葉にできない『命の躍動』が詰まっている。
燕青おじさん。
あんたが居ない間に、私たちはこうして、美味しいものの絆をさらに深めておくわ。
結局は、この一皿の蒸し鶏を、大切な仲間たちと笑いながら囲む幸せを守るために頑張っているのだから」
陽ちゃんは、席に着くやいなや「ねえさま! 鶏ですわ! 鶏の香りが、私を呼んでいます!」と、涎を拭うのも忘れて、期待に満ちた声を響かせていました。




