第二部 第三章:受け継がれる「空席」
ジフンの遺体安置所の冷たさを肌に刻んだまま、はじめは捜査資料を読み続けた。
めくる指が、一点で止まった。
ソヨンの父、キム・テシン。十五年前の失踪事件当時、彼は地区の「青少年育成委員会」副会長を務めていた。それだけではない。失踪した少年の一人、徳田和夫の実家の跡地に、現在キムの豪邸が建っている。事件の心労で一家離散した直後、忌み地として放置されていた土地を、キムは二束三文で買い叩いていた。
はじめの脳裏に、継母の赤黒く腫れた指の関節が浮かんだ。あの家は最初から、子供の不幸の上に建っていた。
ソヨンの手紙を読み直した。
『お父さんは、床に青い砂を撒いて、暗い声で誰かと話している。「次の席は用意できた」って。ジフンが殴られたあの日、お父さんは笑いながら言ったの。「これで、ようやく五人揃う」って。』
五人揃う。
はじめは地域の図書館へ走り、郷土史の古い記述を掘り起こした。
『五座の身代わり』。街の繁栄を維持するために、五人の子供をあちら側へ捧げ続ける儀式。
消えた少年は五人。検死台の上で砂に還った遺体も五人。つまり今、あちら側に五つの空席がある。ジフンは一人目だった。ソヨンは二人目として連れ戻されようとしている。
はじめは松井を訪ねた。
かつての刑事は、薄暗いアパートの一室で酒を飲んでいた。はじめが資料を広げると、松井はそれを一瞥して、長い沈黙の後に言った。
「……触れてはならないものに触れてしまったな、山下さん」
松井の手が震えていた。煙草に火をつけようとして、三度失敗した。
「あの検死室を見てから、俺はずっと夢を見るんだ。五人の少年が笑っている夢を。あいつらの目は、笑っていない」
それだけ言って、松井は黙った。はじめを見る目に、十五年分の後悔が滲んでいた。
「松井さん、ソヨンを助けるために何が必要か教えてください」
松井はしばらく答えなかった。やがて、灰皿に煙草を押しつけて言った。
「……お前一人で行くな。それだけだ」
その直後、携帯が鳴った。佐藤施設長からだった。
「ソヨンちゃんが連れていかれた。廃屋の井戸の場所へ」
はじめは走り出した。
夏の熱気の中、遠くからラジオ体操のメロディが聞こえた。ノイズ混じりの、あの旋律。
胸ポケットには、ソヨンの手紙だけが入っていた。




