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そしてだれもいなくなった  作者: 水前寺鯉太郎
第二部:幼い依頼人

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第二部最終章:法の牙と深淵の断罪 ― 八月一日の終わらせ方 ―

月明かりが廃屋の庭を白く照らしていた。

 古井戸の縁で、キム・テシンはソヨンの髪を掴んでいた。猿ぐつわを噛まされ、縄で拘束されたソヨンが、石の縁に膝をついている。


「ジフンが寂しがっている。お前が行けば、私の帝国は完成する」


 テシンがソヨンを闇へ押し込もうとした瞬間、はじめが庭に飛び込んだ。


「キム・テシン」


 声だけで、テシンの手が止まった。

 はじめは息を切らしながら、黒い手帳を掲げた。テシンの秘書から受け取った裏帳簿だ。十五年間、子供を選定し、深淵から得た青い砂を換金し、街の有力者に配った記録が全て記されている。


「さらに、今あんたがソヨンちゃんに言ったことは録音してある。児童虐待、傷害致死、十五年前の失踪事件への関与。法律は二度とあんたを見逃さない」


「黙れ」テシンの声が低くなった。「矮小な法律など、この街の神の前には無力だ」


 テシンがナイフを抜いた。その瞬間、井戸の底から風が吹き上がった。

 青白い光が石の縁を這い、庭の空気が変わった。はじめには見えなかったが、テシンには見えた。何かが。テシンの顔から血の気が引き、ナイフを持つ手が震え始めた。


「離せ、離せ……俺は主だ、俺がお前たちを……」


 テシンが後退した。その隙に、松井が横から体当たりし、テシンの腕からソヨンを引き剥がした。

 はじめは走り、ソヨンを受け取り、庭の端まで転がった。


 振り返ったとき、テシンは井戸の縁に立っていた。何かに足を引かれるように、ゆっくりと後ろへ傾いていく。断末魔の叫びが、闇に吸い込まれて消えた。

 静寂が戻った。


 松井が、膝に手をついて息を整えながら言った。


「……間に合ったな」


 はじめは腕の中のソヨンを見た。彼女は泣いていなかった。ただ、はじめの胸に額を押しつけて、小さく、小さく震えていた。


「終わったよ、ソヨンちゃん」


 ソヨンはしばらくして、堰を切ったように泣き出した。

 一ヶ月後。

 街の一角に、小さな事務所が開いた。看板には『山下法律事務所』とだけ書かれている。

 ある朝、ドアが開いた。


「先生、おはようございます」


 ソヨンは長袖を着ていなかった。腕の火傷の跡が、朝の光の中にあった。


「おはよう。さあ、これからのことを話し合おう」


 窓の外からラジオ体操の音楽が聞こえた。ノイズのない、ただの朝の音として。

 八月一日の長い夏休みは、終わった。

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