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そしてだれもいなくなった  作者: 水前寺鯉太郎
第一部:『ラジオ体操事件』

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6/10

最終章:終わらないラジオ体操

最終章:終わらないラジオ体操

1

検死室にラジオ体操のメロディが響き渡った瞬間、街の空気は一変した。

時刻は夕暮れ時。本来なら、子供たちが家路につき、カラスが鳴くはずの時間だ。しかし、街中の至る所にある同報無線のスピーカーから、午前6時15分のあの音楽が流れ始めた。

異変は、まず古い住宅街から始まった。

「ちょっと、どこへ行くの!」

母親たちの制止する声が、夕闇を切り裂く。

ランドセルを放り出し、あるいは夕食の箸を置いたまま、子供たちが一人、また一人と家を飛び出していった。その目は虚ろで、まるで何かに強く惹きつけられる磁石の針のようだった。

彼らが向かう先は、ただ一つ。

15年前に5人が消え、そして今日、5人の「大人」が這い出してきたあの古井戸のある廃屋だった。

2

「松井さん、外が……外が大変なことになっています!」

若手刑事の佐伯が、血相を変えて検死室に飛び込んできた。

松井は、ステンレス台の上で指先を痙攣させている「織田太郎だった青年」の遺体から目を離し、窓の外を見た。

警察署の門を抜け、路地を埋め尽くすようにして歩いているのは、この街の子供たち全員だった。

未就学児から中学生まで、数百人の子供たちが、無言で、しかし確かな足取りで廃屋へと行進している。

「止めろ! 道路を封鎖するんだ!」

松井の叫びは、無線から流れるノイズ混じりの「第一、首を回す運動……」という音声にかき消された。

子供たちの手には、皆一様に「出席カード」が握られていた。それは今年のものではない。15年前、あるいはもっと昔の、色褪せたデザインのカードだった。

3

廃屋の庭には、すでに数十人の子供たちが集まっていた。

かつての古井戸は、今や周囲の土を飲み込みながら、巨大な漆黒の「口」へと広がっていた。

そこから溢れ出しているのは、検死室で検出されたあの「青い砂」だ。砂は生き物のように子供たちの足元を浸食し、街の境界線を曖昧にしていく。

子供たちの先頭に立っていたのは、現職の市長の息子だった。彼は井戸の縁に立ち、暗闇の底を見つめて呟いた。

「……待ってたよ、太郎君。ようやく『時間』が届いたんだね」

その言葉と同時に、井戸の底から凄まじい風が吹き荒れた。

それは風ではなく、15年分、いやそれ以上の歳月が凝縮された「時の奔流」だった。

井戸の中から、15年前の織田太郎、田中大我、徳田和夫、宮内太一、大村康成――あの「小学5年生の姿のまま」の5人が、幻影のように浮かび上がった。

4

検死室では、衝撃的な事態が起きていた。

「遺体が……消えていく……!」

東医師が叫んだ。

ステンレス台の上に横たわっていた5人の青年の遺体が、急激に砂へと還り始めたのだ。

彼らの体を作っていた「15年分の成長」が、砂となって崩れ落ち、検死室の床を青く染めていく。

あとに残されたのは、彼らが身に着けていた、引き裂かれた衣服の残骸と、あの「20XX年8月1日」の消印がついたハガキだけだった。

「松井さん、ハガキの内容が……変わっています!」

佐伯がハガキを拾い上げた。

そこにあった「15年後の僕たちへ」という文字は消え、代わりに血のような鮮烈な赤で、こう記されていた。

『大人になれなかった僕たちの代わりに、皆で大人を終わらせよう。』

5

松井が廃屋に駆けつけた時、すでに手遅れだった。

井戸の周囲に集まった子供たちは、一人ずつ、吸い込まれるように闇の中へと足を踏み入れていた。

「やめろ! 行くんじゃない!」

松井は子供の腕を掴もうとしたが、その指は空を切った。子供たちの体は、すでに実体を持たない「記憶」のような存在へと変質していた。

最後の一人が井戸に消えた瞬間。

街中のスピーカーから流れていた音楽が、プツリと切れた。

同時に、井戸は音を立てて崩落し、大量の土砂によって完全に埋没した。

静寂が戻った。

セミの声さえもしない、不自然なほどの静寂。

松井が周囲を見渡すと、そこにはもう、子供たちの姿は一人もなかった。

残されたのは、街中のあちこちに落ちた、数百枚の「出席カード」だけだった。

結び:誰もいなくなった街

翌朝。

この街から、18歳以下のすべての人間が消失した。

警察、政府、そして残された親たちは狂乱し、街の全域を掘り返したが、子供たちの行方は一切掴めなかった。

ただ一つ、奇妙な報告があった。

失踪した子供たちの部屋に残されていたデジタル時計や学習机の時計が、すべて**「6時15分」**で停止していたのだ。

松井は、埋まった井戸の跡地に立ち、あの日拾った太郎の手記を思い返していた。

彼らが向かった「時計塔」は、どこにあるのか。

それは現実の場所ではなく、大人たちが作り上げた「時間という牢獄」の外側にある、子供たちだけの楽園だったのではないか。

ふと足元を見ると、青い砂の中から一冊の文庫本が顔を出していた。

大村康成が持っていたはずの本だ。

松井がそれを拾い上げ、表紙をめくると、そこには新しい物語が書き始められていた。

タイトルは、『誰もいなくなった』。

その物語の登場人物欄には、昨日消えた数百人の子供たちの名前が、一文字の狂いもなく記されていた。

そして、最後の一行には、震えるような文字でこう書かれていた。

『次は、君の番だよ。』

松井は空を見上げた。

雲一つない青空から、冷たい、冷たいラジオ体操の幻聴が聞こえた気がした。

この街の「夏休み」は、まだ始まったばかりなのだ。

あとがき(解説)

この物語は、韓国や日本で実際に起きた「子供たちの蒸発」という未解決事件の恐怖をベースに、SF的・オカルト的な「時間のズレ」を組み合わせて構成しました。

5人の悩みが井戸という特異点を介して増幅され、街全体の子供たちを「救済」という名の「連れ去り」に導く結末です。


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