第三章:検死台の沈黙
第三章:検死台の沈黙
1
井戸の底のさらに奥、地割れによって生じた空洞から、5体の遺体が収容された。
15年前の夏、忽然と姿を消した5人の少年たち。
ついに彼らは「発見」されたが、その姿は捜査員たちが予想していたものとは根本から異なっていた。
「……ありえない」
搬送先の県警医大、検死室。
並べられた5つのステンレス製の台を前に、法医学者の東は絶句した。
通常、湿った井戸の底に15年も放置されれば、遺体は白骨化するか、あるいは「屍蝋」と呼ばれる特殊なミイラ状態になるはずだ。
しかし、そこに横たわる5人は、まるで**「数時間前に眠りについた」**かのような瑞々しさを保っていた。
肌には弾力があり、頬にはわずかに赤みが差している。徳田和夫が握りしめている小さな手の中には、あの日捕まえたはずのセミが、今にも羽ばたきそうな色彩のまま残っていた。
だが、最も異常だったのは、彼らの「大きさ」だった。
2
「東先生、検査結果が出ました」
助手の声が震えている。東は震える手でレポートを受け取り、そこに記された数字を読み上げた。
「織田太郎……身長175センチ。田中大我……180センチ。……全員、成人の体格だ」
あの日、小学5年生として失踪したはずの5人は、遺体となって発見された時、立派な青年の体へと「成長」していた。
衣服は、当時のままのはずだった。しかし、彼らが身に着けているTシャツや半ズボンは、成長した体に合わせて、まるで生き物のように不自然に引き伸ばされ、皮膚に食い込んでいる。
宮内太一の左手首に食い込んだダイバーズウォッチは、あまりの腕の太さにバンドが肉に埋没し、時計の風防は内側からの圧力で粉々に砕け散っていた。
「さらに不可解なことがあります」
助手がCTスキャン画像をモニターに映し出す。
「胃の内容物です。5人全員の胃の中から、**大量の『向日葵の種』**と、**正体不明の『青い砂』**が検出されました。この砂の成分は、地球上のどの地層にも存在しない鉱物を含んでいます」
3
ベテラン刑事の松井は、検死室の隅でその報告を黙って聞いていた。
彼の目には、青年の姿になった彼らの中に、かつての少年たちの面影が痛いほど見えていた。
「先生、死因は何だ」
松井の問いに、東は重い口を開いた。
「それが……分かりません。外傷はなく、毒物も検出されない。内臓も極めて健康です。強いて言うならば、**彼らは全員、『呼吸をすることを忘れた』かのように、ただ生命活動を停止させている。**まるで、時間が止まった場所から、急にこちら側の時間に放り出された反動で、心臓が戸惑ったかのように」
東は、大村康成の遺体のポケットから見つかった文庫本を手に取った。
それは15年前の古い本のはずだったが、紙質は新刊のように真っ白で、インクの匂いさえ漂っている。
ページをめくると、驚くべきことに、印刷された文字が刻一刻と消えていくのが見えた。
4
「松井さん」
助手が青ざめた顔で近寄ってきた。
「田中大我の遺体……右手に、何か握りしめています」
松井が近寄り、青年の逞しい指を一本ずつ開かせた。
そこにあったのは、泥にまみれた硬球――野球ボールではなかった。
それは、**「20XX年(今年)の8月1日」**の消印が押された、一通のハガキだった。
宛先は「15年後の僕たちへ」。
差出人の欄には、子供のような拙い字で、5人全員の名前が連名で記されている。
「彼らは……あちら側で、15年間生きていた。そして今日、この日のために帰ってきたのか」
その時だった。
検死室のスピーカーから、原因不明のハウリング音が鳴り響いた。
それは次第に規則正しいリズムを刻み始める。
――ラジオ体操、第一。
5体の「青年の遺体」の指先が、一斉に微かに動いた。
松井は確信した。これは、事件の「解決」ではない。
15年前に始まった「夏休み」が、ようやくこの街の現実を侵食し始めた合図なのだと。




