検死台の沈黙
二〇XX年、秋。
井戸の底に生じた亀裂の奥、地質学的には存在し得ないはずの空洞から、五体が収容された。
十五年前の夏に消えた少年たち。ようやく「発見」されたその姿は、凄惨な腐敗を覚悟していた捜査員たちの想像を、根底から覆すものだった。
県警医大、検死室。
五つのステンレス台を前に、法医学の権威である東は、声を出せなかった。
湿った井戸の底に十五年放置されれば、遺体は白骨化するか、屍蝋化して変貌するはずだ。しかしそこに横たわる五人は、まるで数分前に眠りに落ちたかのような瑞々しさを保っていた。肌には弾力があり、頬には微かな赤みが差している。
だが東を最も驚愕させたのは、その体格だった。
「バイオメトリクスの照合結果が出ました」
助手の声が上ずっている。東はレポートを手に取り、数値を凝視した。
「織田太郎……推定身長百七十五センチ。田中大我……百八十センチ」
小学五年生として失踪した五人は、遺体となって発見されたとき、完全な青年の体へと成長を遂げていた。
しかし衣服は、あの日のままだった。
サイズ百五十のTシャツは急激に肥大した肉体に食い込み、皮膚に深く沈んでいる。宮内太一の左手首のダイバーズウォッチは、腕の太さにバンドが肉へ埋没し、風防のガラスが内側から砕けていた。
室の隅で、松井は指を噛んでいた。
青年の体になった彼らの中に、あの夏の少年たちの顔が重なって見えた。太郎の、大我の、和夫の、太一の、康成の。十五年間、どこにいた。何を食べた。怖くなかったか。
「先生。死因は何だ」
東は白衣の袖で額を拭い、重苦しく答えた。
「外傷はなく、毒物も検出されない。内臓はオリンピック選手のように健康的です。強いて言うならば……彼らは全員、呼吸をすることを忘れたかのように、ただ生命活動を停止させている」
東は一度、言葉を止めた。
「時間の止まった場所から、急にこちら側へ放り出された。その反動に、心臓が戸惑った。そんな印象を受けるのです」
東は、大村康成のポケットから文庫本を取り出した。
十五年前の本のはずだが、紙は今朝刷られたように白く、インクの匂いがする。東がページをめくると、印刷された文字が空気に触れた端から、蒸発するように消えていった。白紙が、後に続いた。
松井は目を逸らした。
「松井さん」
助手が田中大我の右手を指差した。
逞しい指が、何かを握りしめている。松井は近づき、一本ずつこじ開けた。
泥にまみれたハガキだった。
消印の日付は、今年の八月一日。
宛名は「十五年後の僕たちへ」。
差出人の欄には、五人の名前が連名で記されていた。
「あちら側で、十五年生きていた。そして今日帰ることを、最初から決めていたのか」
松井の言葉が終わらぬうちだった。
検死室のスピーカーから、ハウリング音が鳴り響いた。それは次第に、規則正しいリズムへと変わっていく。
ラジオ体操、第一。
音楽が流れた瞬間、東と松井は目撃した。
五体の指先が、ピアノを弾くように、一斉に、リズミカルに動き出すのを。
検死室の温度が急激に下がり、東の吐く息が白く染まった。窓の外は、八月の真夏だった。




