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歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
彼女の罪と罰、その末路とは
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慧 side 7



 その甲斐あって、計画は上手く進んだ。


 タイムスリップも、すべてが父の言ったとおりに真の中で妄想された。私を見つけ、孝治君に年数を聞いていた時、私も孝治君も同じ顔をしていたと思う。


 特に孝治君は、真の妄想が始まったことを知って、落胆していた。真は復讐相手であると同時に担当の患者だった。きっと看護師としての本来の彼が、真が妄想しないことを僅かでも望んでいたのだろう。


 その後も、真は自分の妄想を本当にしたいがため、年数を聞く相手に祥子を選んだ。見るからに怯えている弱い女なら、自分の求める回答をくれるだろうと、彼は本能的にわかっていた。ここで全員に年数を確かめていれば、違う回答が得られたというのに。潤美は苦手、平は自分より体が大きく不気味。武藤は年長者。だから弱そうな祥子を選んだ。


 後にメッセージを読み解くため、孝治君や父と一緒に真は三階へ向かった。私たちの計画は、ここからが本番だった。


 まず、この時のために多量に飲酒した父が三階の扉付近で休み、孝治君と一緒に真が人形たちを調べ始める。この時、孝治君がわざと人形の破片を踏み砕いて音を出した。その間にこっそりと、靴を脱いだ父が部屋を出て行き、屋上の扉前にある手すり壁に身を寄せる。父がいないことに気づいた真たちが彼を探し出し、私もまた三階に合流すると、階段を半分上ったところで南京錠がかかっていることを真に確認させる。


 それ以上は上がらせないよう、私が二階に行き、真を追いかけさせた後で、孝治君が南京錠をすべて開ける。解錠がスムーズに行えるよう、真が三階で私を発見した後、一人残った孝治君は事前に六つの南京錠を、ダイヤルの下一桁を動かすだけで開くようにセットしておいた。これでかなり時間が短縮される。そして屋上の扉を開けた後、父が外に出てから、再び孝治君が南京錠の鍵をかけて、二階にいる私たちのもとへと合流する。


 屋上に出た父は、上から私たちの様子を確認していた。といっても、姿が見えるわけじゃない。父が確認したかったのは懐中電灯の明かりだ。二階の左側、その一番奥の部屋だけ、窓が開くようにしておいた。当時は雨が降っていた。だから開けっ放しにしておけば、真の変に正しさを求める性分からして窓を閉めるだろうと踏んでいた。


 もしもこれが晴れていたなら、別の言葉で窓を閉めるよう誘導するだけだ。ともあれ、真は父の目論見通り、窓を閉めようとした。私も手伝い、窓から明かりを照らした。それを合図に、父が叫び声をあげる。窓の傍にいる真は当然、窓から外を覗き、そのタイミングで父が正義を吊るしていたロープを切る。これで彼らとともにいた武藤は死んだことなった。


 この一連の流れはこの日のために練習していたから、本番でも上手くいった。もっとも、真が落ちる正義と目が合ってしまうところまでは、狙っていなかったのだが。


 次に、何かが起きるとしたら、それは平だった。彼は長年の不摂生な生活により糖尿病になっていた。春子の話から、彼が頻繁に低血糖を起こしていたことを知り、これは使えると父が言った。


 徐々に、平の反吐が出る発言に本性を現し始めた真に、私は内心ほくそ笑み、事あるごとに反抗した。常時、お腹が空いたと言っていた平は手が震えていた。低血糖を起こしかけていたことがわかった。低血糖は症状の一つに、極度の空腹状態へと陥る。スイッチを入れるならこのタイミングだと、真の制止を振り切った時はたまらなかった。


 平に近づいて乾パンを持っていったとき、差し出すその手には甘い香りがするリップクリームを彼の鼻の辺りに近づけた。自分の手の甲にも塗っていたので、平の鼻が詰まっていない限りは香りを感じ取ることができる。すると平は予想以上に、我を失ってくれた。元々、感情のコントロールができない男だ。極度の空腹に耐えきれず、求める匂いを感じて私から乾パンを奪おうとした。それが彼らには、どう見えたことだろう。


 結局、閉じ込められた平はトイレの中で死んでしまった。私としては平の生死はどうでもよかったが、孝治君は複雑だったのかもしれない。死因は肺血栓塞栓症だった。運がよければ、エコノミークラス症候群を発症するかもしれないな、と拉致前に父が言っていたことを、後に思い出した。


 平の暴走以降、真は終始苛立っていた。調子に乗って火に油を注ぎ、叩かれてしまったが、こんなもの美香ちゃんが受けた痛みに比べれば、どうということもなかった。


 ここから限界を迎え始めた真と、孝治君が一階へ行った後、私は潤美にすべてを話すと言って、一緒に屋上へ向かった。私は六つの南京錠を開けると、潤美をテントに潜んでいた父に会わせた。そこで今回の復讐と計画について、潤美を利用したことを告白した。


 潤美は絶望したようだった。これも父の思惑通りだった。当然か。信じていた私に裏切られたのだから。


 情がなかったわけではない。潤美と友だちであった時間は、私にとってもかけがえのない大切なものだった。けれど、潤美は美香ちゃんを裏切った。


 私にとっては、友人として潤美を好きだった長い時間よりも、美香ちゃんを裏切ったと知ったその一瞬の方が、重く、許せなかった。


 潤美は自殺を選んだ。消え入るようなか細い声で、美香ちゃんを死に追いやった真に一泡吹かせてやりたいと言って、頭のバレッタを外し、私の着ていた服を着て、首を吊った。


 きっと、今回の復讐がなくとも、彼女の心は限界だった。後に同じ道を選んだことだろう。その止めを、私が刺した。覚悟をしていたはずなのに、いざその時を迎えて……私はしないと思っていた後悔をした。潤美の絶望した顔を見て、美香ちゃんの顔を思い出したからだろうか。


 私は人を殺した。愛していた美香から一文字を取って、潤美という源氏名を使って生きてきた友人を。


 その間、ショウコはずっとトイレの角で怯えていた。様子からして、ようやく真が自分の息子だと気づいたようだった。徹頭徹尾、自分たちに非はないと主張し続けた憐れな女だった。


 私は父を見守った。父は鬼を模した仮面を被り、変装をして真を追い詰めに行った。言葉は交わさなかったが、私は初めて父から頭を撫でられた。私は真に聞こえるように、悲鳴をあげた。


 心のどこかで、私と孝治君は父を止めたかったのだと思う。だからつい、真の信じる二〇一〇年には起きていない未来のことも口にしてしまった。真はそれに気づくことはなかったが、最大のヒントは新聞にあった。私が拉致されたと話した二〇一〇年五月二十三日は日曜日。父のクリニックは日曜が休診日だ。それは仕事帰りに襲われたと話す私の、最大の嘘だった。


 悲鳴をあげた後の私は、屋上でぼんやりと、左腕に巻いた腕時計を見つめていた。美香ちゃんの形見の腕時計だ。これをつけたのはリストカットの痕を隠すためでもあったが、この復讐を美香ちゃんとともに成し遂げたいという思いもあった。時計の針は動いていない。十二年前の事件以降、壊れてしまった。けれど時計をつけていれば時間を聞かれるので、ネジを巻いて私が勝手に時を刻んでいた。


 私が時を刻んだ腕時計は四時を指していたが、空の方は夜明けを告げていた。


 ウィッグを取った私は、"隣りにいる美香ちゃん"の頭を撫でた。ずっと自販機の中に閉じ込められていたんだ。祥子は仕切りに隠そうとしていたようだが、計画前に彼らは解放していたから、無駄な抵抗だった。


 十二年間も暗闇の中で閉じ込められていた三人に、外の空気をたっぷりと吸わせてあげたかった。本来ならこのクリニックも、緑に囲まれた環境で治療をしていくことが目的だったのだろう。それがこんな風に使われて、佐藤たちの先祖が少しだけ不憫だった。


 その内、下の方が騒がしくなり、やがてボロボロになった真が、もぬけの殻となったテントを覗き、真実に気づいたようだった。私は姿を現した。真がよろめきながらこちらに向かってくるのがわかり、私は“美香ちゃん”と一緒に振り返った。


 なぜか、真は驚いていた。自分が望んだ女を前にして、酷い顔だ。私は美香ちゃんの"白い頭"を撫でた。


「汝、六つの罪を告白せよ」


 真は答えない。私の言葉は届いてないように見えた。


「残念だよ……」


 真は鬼と化した父によって、体を捕らえられた。そしてそのまま、彼らは空を飛んだ。


 汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば……


 私は絶望に満ちた顔をする男に、後に続く言葉を送った。


「死ね」



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