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歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
彼女の罪と罰、その末路とは
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慧 side 6



 真に対する下準備は完璧だった。それもこれも孝治君が、私の実習が終わって間もなく、真が受診する病院に転職し、彼を観察してくれていたからだ。


 相変わらず真は医者になりきっており、病院では同じ患者の話を聞くことで、医者としての仕事をこなしていると思い込んでいたようだ。デイケアに通うようになってからは、わざわざ架空のミーティングを作って参加させたり、デイケア内でのみ白衣を着ることを許されたりと、周りは彼のお医者さんごっこに付き合っていた。少しでも対応を間違えば暴れてしまうという凶暴な男だからこそ、必要な対応策だった。


 途中からデイケアへ配属された孝治君のことは、真のお気に入りだったらしいが、幸いなのか残念なのか、顔は覚えられていなかったようだ。当然といえば当然だ。この頃、感染症対策で、医療従事者だけでなく患者もが、常にマスクをつけて過ごしていたからだ。ウイルスが流行している時に配属をされた孝治君の素顔を、真が知るわけがなかった。


 だから孝治君は堂々と、架空の人物である鈴木を演じることができた。時折、孝治君は真を試すように、やたら自分のことを鈴木だとアピールしていたが、そもそも孝治という名前を名字だと思い込んでいる彼が、気づくわけがなかった。職場でも鈴木が複数名いるから、常日頃から患者にも下の名前で呼ばせていると言っていたんだ。案の定、真は最後まで気づかなかった。


 ところで、真たちの頭を悩ませていた、建物の出入り口については、残念ながら誰の口からも明かされなかった。その答えは実にシンプル。建物の出入り口として使っていたのは、処置室奥に設置されている避難口だ。全員を運び入れた後、壁に見立てた板を扉の前に立てて、薬品保管庫で封鎖した。ヒントは処置室上の天井に残された誘導灯があっただろう痕跡。目覚めた後の平は気づいたようだが、探偵役としても奮闘していた真はどうだっただろう? まあ、今となっては知る由もないことだが。


 建物の中には懐中電灯や南京錠、白衣の他にも真の妄想が膨らむようにいろいろと仕込んだ。例えば事務室に置いた未使用の紙カルテ。真が見慣れているのはこの紙カルテだ。ここがクリニックであると確信するように置いた。今は電子カルテが多く、真の通院していた病院も電子カルテだが、ここにパソコンを置くわけにはいかないし、何より廃墟と化したクリニックを演出したかった。それなりに物々しい雰囲気は、醸し出せていただろう。


 また、ここが精神科だと思い込ませるための書物やファイルをあちこちに置いた。元々は精神科単科ではなかったというが、真自身が精神科医だと思い込み、その父である正義も同じく精神科医ということから、わざわざ得意分野で揃えてやった。


 中でも特に重要だったのは、今回の監禁を企てた犯人を、いかにして真の父だと思い込ませるかだった。肝となったのはこの建物と、真の祖父の存在だ。だから医師免許証を用意した。故人の医師免許証はすでに返納されているため、よく似せた偽物を作って額縁に嵌めて飾っておいた。


 しかしこれは、計画の最後に見せるべきもの。真が最初に見つけないよう、探索時には「1」の診察室へ潤美を置いた。孝治君がそう仕向けた。真はものをはっきりと言う異性が苦手だったので、案の定、彼は潤美を避けた。


 医師免許証とともに額縁へ仕込んだ美香ちゃんの写真はすべて、過去に真自身が盗撮したものだ。本人は忘れてしまったみたいだが、正義がそれらを保管していたので使わせてもらった。その中に、父と美香ちゃん、そして正義の三人が写った写真を交ぜておいた。過去に、父のクリニック前で撮ったものだ。わざわざ破って、クリニック名を誤認させた。


 それから大量の新聞紙。あれは父が、事件当時からずっと保管していたものだ。私と美香ちゃんが行方不明になったのが五月一日だから、それ以降の新聞はすべて捨てずに取っていたという。情報収集のために取っておいたものが、真がタイムスリップをしたと思い込ませるためのいい小道具になった。その真の中で美香ちゃんが行方不明になったのは、実際に美香ちゃんが死んだ翌日の五月二十四日からなので、新聞は五月二十三日までのものを用意した。


 鬼の絵を集めたファイルは祥子に向けた嫌がらせだったが、あの女は一度も自分から動かなかった。用途は違ったが、後から孝治君が真に対する嫌がらせ目的で使ったと聞いた。きっと私が、孝治君の目の前で殴られたからだろう。そう仕向けたのも私だが。


 しかし、だ。真は本当に父の思う通りに動いてくれた。真が目覚めた後、わざと一人で調べるように仕向け、彼は三階まで上がってきた。私の第一発見者にするためだ。だが、私の潜む部屋が恐かったのか、なかなか入ってこなかった。業を煮やした私はわざと物音を立ててこちらに来させた。その間、六つの南京錠に触れて、それぞれ鍵がかかっていることを確かめていたようだからよしとしたが、どこまでも自分本位のこの男には本当に腹が立った。


 特に許せなかったのは、真に向けたメッセージを彼が避けたことだ。私を発見し、抱き起こす前、真は私の背中にあるメッセージを読んでいた。確実に。それをあの男は、読んでいないフリをして私を抱き起こした。


 真は自分の犯した数多の罪を追及されるのが恐かったんだ。その証拠に、都合の悪くなる一文字だけをこっそりと抜き取り、他の切り抜きとは別のポケットに入れていた。変なところで頭の回る男だった。ロビーに集まり、話し合いを始めた時もそうだ。見つけたメッセージをなかなか出さないものだから、じれったかった。


 こうして見れば、実に情けない男だ。そんな男に美香ちゃんはいいようにされたのかと思うと、心底腹が立った。けれど同時に、どれだけでも見下すことのできる男に、内心では怯えてしまう自分が情けなかった。


 美香と呼ばれるたびに恐怖を感じ、触れられるたびに体が総毛立った。計画通りに事を進めたかったのに、途端に上手く話せなくなってしまう自分に嫌気が差した。そんな私を、父と孝治君は上手くフォローしてくれた。



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