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歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
35/60

真 side 1



 ・・・・




 一階に下りる前、私たちは屋上へと続く扉に取りつけられた、例の南京錠を確かめに行った。


 武藤の悲鳴は屋外の上の方から聞こえてきた。それはおそらく、三階からではない。そこは外へと通ずるはずの窓が、すべて封鎖されていたからだ。何より武藤が消えた時、私と鈴木はその場にいたんだ。三階からであるはずがない。そうなると、彼が落とされたのは三階より上、つまり屋上からと考えられる。


 だが、武藤が殺される前、屋上へと続く扉には鍵がかかっていた。あの六つの南京錠だ。それは鈴木が確認したと言っている。もちろん、その証言を鵜呑みにしたわけではない。彼が嘘をついている可能性だってあるし、はたまた彼の目からは鍵がかかっているように見えていただけで、実はかかっていなかったのかもしれない。


 では仮に鈴木の証言が嘘だったとして、その彼に犯行が可能だったかといえば、それはない。無理だろう。なぜなら、彼は武藤が殺される瞬間、私たちとともにいたからだ。


 もし鈴木が、犯行後に急いで私たちと合流したとしても、武藤が落ちる瞬間を目撃した場所は、二階の左側一番奥の部屋からだ。そんな犯行を、一分やそこらで行えるはすがない。単に時間を縮めるだけなら、鈴木が屋上の扉から出てすぐ武藤を突き落とせばいい。けれど、それでは落ちる武藤を目撃できる位置は二階の左側一番奥の部屋ではなく、一番手前の部屋からとなってしまう。辻褄が合わない。


 たとえ、屋上の扉からその端までを走って武藤を突き落とし、再び屋内に戻ったとしても外は豪雨だ。傘を差しても、レインコートを着ても、多少なりとも足元が濡れるはず。だが、鈴木の足元は濡れていない。濡れているのは、落ちた武藤を確認する際に窓から出した、頭と肩周りだけだ。


 そもそも、それだけのことをしたなら、彼は今、こうして私たちとともにいられるはずがない。


 その鈴木が、今度は私とともに六つの南京錠を確認する。


「ね? ついたままでしょ?」


「ああ……そうだな」


 例の六つの南京錠は、しっかりと取りつけられたままだった。ガチャガチャと音を鳴らして触れてみたが、鍵はどれも開かなかった。空間を捻じ曲げない限り、この扉の向こうへ行くことは不可能だ。


 何らかのトリックを使った? 馬鹿言え。あれはドラマの中の話だ。実際の犯罪に、推理ドラマのようなトリックは使われない。それに私は警察でもなければ探偵でもない。どうやったら、誰にも知られることなく人間を屋上へと連れ出し、その上で内側から鍵をかけることができるというんだ。こんなの、医師の私にわかるわけがないだろう。


「では、下りますか。潤美さんたちにも、このことを話さなくちゃ」


 階段を下りる間、私たちは口を開かなかった。それはまるで通夜のように静かだった。


 一階へ戻ると、私たちに気づいた潤美が、顔面に不安を乗せてこちらへ駆け寄った。


「ねえっ。さっき外の方で、男の悲鳴と変な音が聞こえたんだけど……あれは、何だったの?」


 ああ、この顔はだいたい予想がついているな。察しがついているのだろう潤美は、知りたいという目と、知りたくないという目の、二つを抱いた表情で私を見つめた。


 誤魔化すのは簡単だ。それで彼女たちが安心するのなら、そうしよう。だが、望んでいることはそうでない。ここで嘘をついても仕方がなかった。


 私は簡潔に答えた。


「武藤さんが、屋上から何者かによって突き落とされたんだ」


「そんな……!」


「いやああっ!」


 潤美は口元を手で覆い隠し、言葉を失くしてしまった。


 ソファに座っているショウコも話は耳に入ったようで、悲鳴をあげて上体を屈めてしまった。


 同じくソファに座っている平は、細い目をこれでもかと見開くと、もっと詳しく聞かせろと視線だけで訴えてきた。


「屋上から、落とされたって……あの親父……無事なの? ねえ?」


 私、美香、そして鈴木の順にそれぞれの顔を見渡す潤美に、三人が三人とも目を伏せた。それを答えと受け取った潤美は、「でも」と早口で捲し立てる。


「屋上に続くという扉は、六つの南京錠で閉められていたんでしょ? それが開けられていたっていうの?」


「いや、何なら今も鍵は取りつけられたままだ。さっき確認した。びくともしないよ」


「なら、どうして屋上に行けるのよ。魔法でも使ったっていうの? ねえ、その落ちたって人、アンタたちの見間違えなんじゃないの? そうよ。三階には人形がたくさんあるんでしょ? きっとそれが落ちたんだわっ」


「いいえ。私と真さんの二人で、二階の窓から死体を見ました。あれは確実に人間で、死んでいます。それに、潤美さんも悲鳴を耳にしたんでしょう?」


 潤美の信じたくない気持ちもわかる。それを察しつつも、鈴木がきっぱりと断言した。


 私だけでなく、鈴木からも武藤が死んだと聞かされ、潤美は堰を切ったように泣き出した。強いと思っていた女性が涙をする。美香でさえ、感情が溢れてしまったんだ。むしろよくここまで耐えたと思う。


 嗚咽混じりに、潤美が尋ねた。


「本当に……犯人の、仕業なの? 事故とか、自殺……じゃなくて?」


「犯行を直接目にしたわけではないから、断言するのはよくないが、投身自殺なら大抵の人間が脚の方から下に落ちる。だが、あの死体は頭からだった。誰かに投げ落とされた可能性の方が高い」


「何よ、それ……」


 もういい加減にしてよ、と潤美はふらつきながら、ソファに腰を下ろした。


「……に、よ」


「何?」


「鬼っ……鬼よっ……鬼しかいないっ。また、出たんだわっ」


 ショウコがまたも、“鬼”といって騒ぎ始めた。やはりショウコは何かを知っているのか? それとも、錯乱しているだけなのか?


「いやあ……もう、いやよぉ……許して……許してくださいぃ……」


 わんわんと泣くショウコのもとに、意外にも鈴木が近寄った。そして、白衣のポケットから自前のピルケースを取り出すと、ジャラジャラと音を鳴らして彼女の前に翳してみせた。


「ショウコさん。私のでよければですけれど、精神安定剤飲みます?」


「えっ?」


 驚いたショウコが顔を上げて鈴木を見つめた。私は慌てて、彼の行動を止めた。


「鈴木君。それは気軽に与えちゃ駄目だ」


「まあ、普通はそうなんでしょうけれど、このままこの人を放っておくのも酷じゃないですか?」


「それはそうだが……」


 その持っているピルケースの中身が、本当に薬なのかも怪しい。鈴木が犯人でなく、ただの被害者なのだとしても、こんな怪しいものをなぜ犯人が持たせたのか。理由を考えるだけで、空恐ろしい。


 しかし鈴木は、六つの仕切りがついたピルケースの右端の蓋を一か所開けると、中に入っている小粒で丸い錠剤を懐中電灯で照らしながら、「たぶん、本物だと思いますけれどね」と呟いた。そして中の一錠を自分の手のひらに乗せると、


「色や形は自分が飲んでいたものとまったく一緒ですし、ピルケースの中に入っている薬の数も、意識がなくなる前と変わっていません。飲み間違えると怖いので、数は覚えているんです。毒ということはないと思いますよ」


 そう言って、ショウコにそれを差し出した。


 一方、ショウコは涙を流しながら、


「いやっ、そんなものっ、飲みたくないっ。だって、こ、殺すんでしょっ。私をっ、殺すつもりでしょっ。毒だって、そんなのっ、わかるじゃないっ。絶対に飲まないわっ」


 当然の反応を鈴木に返した。


 鈴木はポリポリと頭を掻きながら、


「ヒステリックババアのあなたを殺したところで、私にメリットなんかありませんけれどね」


 と言って、自身は躊躇うことなく、それを口に放り込んだ。


「ば……ババア……ですって……?」


 それまで口調が丁寧だった鈴木から、侮辱ととれる単語が出たことにより、ショウコの顔が引き攣った。


 対して、鈴木はやや苛立った様子を見せながら、周りに言った。


「こう見えて結構、キてるんですよね。毒だろうがなんだろうが、この際どうだっていい。水なしで飲んだのは初めてですけれど、こうでもしないと今後、冷静に行動するのはちょっと厳しいです」


 鈴木は元々、精神疾患を抱えていると告白していた。処方されている薬も、毎日決められた時間に服薬しないといけないものだろう。緊急事態とはいえ、飲まないわけにはいかない。いや、緊急事態だからこそ、飲まなければ、彼の言うようにこの先、行動するのは厳しいだろう。


 鈴木は口に含んでからしばらくして、ごくんと喉を動かした。一錠を飲むのにやけに時間がかかるな、と思ったが、私の視線に気づいた鈴木が、


「苦手なんですよ。錠剤を飲み込むのが」


 と言い訳のように言った。



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