表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
最初の犠牲者
33/60

真 side 5



 私は二階に着くと同時に、前にいた美香の肩を掴んで振り返らせた。


「美香っ。一人で先走るなっ」


「でも、武藤さんに何かあったら……私っ……」


「落ち着けっ。こんなところで単独行動は危険だ。特に君は首を絞められたんだぞっ」


 私が美香に言い聞かせると、彼女はぐっと押し黙った。


 焦って声を荒げてしまったことを反省しつつ、私は口調を元に戻して美香に言った。


「心配なのはわかるよ。でも、どこに私たちを監禁したやつがいるともしれないんだ。とにかく、一人で行動しないこと。わかったね?」


 美香は「ええ……」と頷いた。


「勝手なことをして、ごめんなさい」


「いや、こちらこそ、怒鳴って悪かった」


 お互いに謝ると、私は二階の中を照らした。


「ここは個室が多い。おそらく、相談室のような意図で使われていたんだろう。一か所ずつ、一緒に確認しよう」


「ええ」


 私は手前の「WC」と表記された扉を開けた。一階と同様に、扉のすぐ向こうには洋式トイレが一つあった。大人二人がなんとか入れるほどの広さだが、隠れられる隙間はない。三階と同様で、窓はなかった。


「いないようね」


 美香も私の後ろから中を確認して頷いた。


「よし。次だ」


 手前の個室から順に、一か所ずつ扉を開けて、「武藤さん」と名前を呼びながら二人で中を照らしていった。ロッカーすらない個室だ。探すのに時間はかからない。それに、二階は鈴木が探索していたせいか、左側の一番奥だけを除き、扉はすべて解放されている。開ける手間が省けて探しやすかった。


 念のため、左側の個室にだけ設置されている窓に触れて、開くかどうかを確認する。オペレーターハンドルを掴んで回そうとするも、鈴木が言ったようにそれはびくともしなかった。開かないのは本当だ。それに、たとえ開いたとしても人は通れないのだから、ここをこじ開けたところで意味はない。


「真さん。他の部屋も……」


「ああ、そうだな」


 私は窓から離れた。


 奥に進むにつれ、なぜか雨音が近くなる。そういえば、一番奥の個室だけ窓が開いたと鈴木が言っていたな。もしや、開けっぱなしなのか?


 私が目を覚ました右側奥の個室も確認するが、やはりいない。突き当りの避難口も、変わらず板と釘で厳重に封鎖されていた。試しに一枚触れてその強度を確認すると、見た目通りだった。それに、たとえここから出て行ったとしても、外から内側に板を貼り付けて釘を打ち込むことなどできやしない。


 そうなると、探す場所は残り一つだ。左側奥のこの部屋しかない。しかし、これだけ声をかけているというのに返事がないんだ。望みは薄い。


 ふと、私の後ろにいる美香が、自身の両腕を擦った。


「寒いわね……」


「確かに、そうだな」


 扉は閉まっているが、下から冷気が漏れているのかやや冷えた。私が教えた通り、美香は新しい白衣を着ていたが、それでも寒そうに震えている。


「どうです? 見つかりました?」


 すると、階段の方から声をかけられた。そちらを照らすと、声の主は鈴木だった。私は緩やかに首を振った。


「そっちの方はどうだった?」


「駄目ですね。あの南京錠、六つともしっかり鍵がかかっていましたよ。試しに一つずつ、ダイヤルを回してみましたけれど、一回や二回、回したところで簡単に開くほど、犯人は生易しくないようです」


「生易しい犯人だったら、ここまで手の込んだことはしないだろうさ」


 そう言って、私は封鎖された避難口を指さした。


「じゃあ、部屋はすべて確認したんですね?」


「いえ、まだこの部屋が……」


 鈴木の問いかけに、美香が閉じられた部屋を指さした。


「ああ」と言って、鈴木はこちらに近づきつつ……


「そこの部屋だけ窓が開いたので、わざと開けっ放しにしておいたんですよ。ここ、空気が悪いから換気にもいいかなって」


「だが、扉が閉まっていては意味がないな」


「内開きだから、風で閉まっちゃったんですね。失礼」


 美香とは二歩ほど離れた位置で彼は立ち止まった。風で閉まった? そんな物音、聞こえただろうか? 少なくとも、私は耳にしていない。いや、待てよ。犯人が武藤を捕らえて口を封じ、ここに閉じこもっているということもある。だとしたら、私たちが固まっているのは危険だ。


「美香。少し、離れていてくれ」


 美香にそう言って距離を取らせると、意を決した私は扉を開けた。


「武藤さん……?」


 声をかけつつ、私はゆっくりと部屋の中を照らした。返事はない。どころか、人の気配すら感じなかった。


 あちらこちらに照明を向けるも、そこには机と椅子、そして開いた窓しか見当たらなかった。


「いない……」


 私は中に入ると、開いた窓の方へ近づいた。中へ降り注ぐ雨があまりに強く、これでは開けている意味がないと思ったからだ。


 照明をオペレーターハンドルに向けると、同じく中に入った美香が「手伝うわ」と言って、懐中電灯を私から受け取り窓を照らてくれた。


 ここにすらいないとなると、後はどこを探せばいいのだろう? まさか、本当に神隠しが起きたとでもいうのか? 私がタイムスリップを体験したように、彼もまた科学的には証明できない超常現象に巻き込まれたと? ありえない。この事件は人為的なものだ。でなければ、あんなメッセージを残すわけがない。人が人を消すことなど、できるわけが……


「うわあああっ!」


 オペレーターハンドルを掴み、回し始めたところだった。それは外から聞こえた。


「なんだっ?」


 男の悲鳴だった。私は美香から懐中電灯を奪うように掴み取ると、開いた窓から顔を出し、外を照らした。


 その瞬間、二つの目玉が私の両目と重なった。


 私は短い悲鳴をあげて、窓から飛びのいた。


「どうしたの、真さんっ」


 尻餅をついてしまった私に、美香が駆け寄った。私はカチカチと奥歯を鳴らしながら、窓の向こうを指さした。


「め、目がっ……人の目玉がっ……」


「目玉?」


 事態を察した鈴木が中へ駆け込み、窓の外を照らした。しかし何やら手間取っている。この男は何をもたもたと……そこにあるだろう、人間の目玉が! そう叫びたいのに声が出ない。


「す、す……鈴木、君……」


「うわあっ!?」


 ようやく声が出せたと思ったら、今度は鈴木が叫び声をあげた。


「む、武藤、さんっ?」


 何? 武藤?


 私は両脚に力を込めて立ち上がると、窓の外……その下の方を見つめる鈴木を押しのけた。


「見せろっ」


 窓の外に向かって懐中電灯を向けると、私が見た目玉はそこになかった。左右に振っても、目玉はない。ではどこにいったのか、と私は鈴木と同じように下の方を照らした。


 そこには、人間が倒れていた。うつぶせの状態で、倒れていた。


 元々、懐中電灯の光量が少なく、降りしきる雨のせいもあってよくは見えないものの、その人間が身に着けているものはおおよそ把握できた。それは白衣、スラックスと、足先に引っついたようにある靴。おそらくは革靴だ。あとは……


「うぐっ……」


 あとは、酷いものだった。頭だろう部分は、潰れたトマトのように中のものをぶちまけ、べっちゃりと、アスファルトとなっている地面に貼りついていた。顔の部分には、ピンポン玉のようなものが二つあった。何だ? と思う暇もない。あれが、心臓が飛び出るほど私を驚かせたものだったからだ。


 これでは、誰が誰だかわからない。わからないのに、ああ、なんということだ。それが誰なのか、私はわかってしまった。


「武藤、さん……」


 探していた人間の、変わり果てた姿だった。


「武藤さん……? 武藤さんが、どうかしたの? ねえ」


 焦燥する美香の声が後ろから飛んでくる。しかし、彼女にはこれを見せるわけにも、そのまま伝えるわけにもいかなかった。


 代わりに、傍にいる鈴木が声を上擦らせながら答えた。


「はっきりとは見えないですが……武藤さんが外で、倒れています」


 美香に配慮してくれたのだろう。鈴木は言葉を濁した。美香はそれがどういう意味かを察したようだった。


「そ、そんな……武藤さんっ。武藤さんっ」


 私の背中を掴む美香が必死に、ピクリとも動かない彼の名を叫んだ。返事は当然返ってこない。私は首を振って、背後の美香に無駄だと知らせた。


「いや……嫌よ。ねえ、真さん。どいてちょうだい。私なら、この窓から外へ出られるかもしれないから……」


「ここは二階だ。出たところで、君が怪我をするだけだよ」


「でも、やってみなくちゃわからないわ」


「やらなくてもわかる。下には剣山のようなものが敷かれているよ」


 横たわる武藤の近くには、犯人によるものだろう罠が仕掛けられていた。仮に私たちがこの窓から身を乗り出して脱出できたとしても、無事では済まないぞという脅しがあった。


 それに、激しく雨が降っているこの状況では、足を滑らせて命を落とすことなど、容易に想像ができた。


「そんな……そんな、ことまで……」


 美香がわっと泣き出した。私は窓を閉めると、振り返って美香を抱き締めた。


 深くは知らない人間だった。もしかしたら、犯人にとっては殺しても殺したりないほど、酷いことをした人間だったのかもしれない。だが、そんなことをして何になる?


 あの時、私は武藤から目を離してしまったことを、とても悔やんだ。


 私は美香と鈴木に言った。


「一階へ……戻ろう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ