真 side 4
「ねえ、アンタ……」
潤美が私に向かって声をかけた。
「佐藤さん、だったわね。医者をやっているって話だけど、愛知県のT市ってことはT市内に住んでいるの?」
「ええ」
「私も家が愛知なのよね。N市だけど」
N市はT市の隣だ。町が栄え、最も人口の多い愛知県の中心都市だ。
潤美が在住する都市名を言ったことで、続くように鈴木が答える。
「あ、私もN市ですよ。出身もN市です」
「私も……同じです」
美香が鈴木の後で、やや声を震わせて言った。
七人中の四人が愛知県に住んでいるのか。となると、他の三人も同じなのか?
「ショウコさんたちは? 我々と同じ愛知ですか?」
ショウコは二度頷いた後、
「わ、私は……さ、佐藤さんと……同じ、です」
と、私と同じT市に住んでいることを告白した。
しかし残る二人は違った。
「俺は岐阜だ。K市だから、愛知のすぐ隣だけどな」
「僕も岐阜。隣のT市」
岐阜県は愛知県の北側に位置する隣県だ。中でもK市とT市は愛知県に隣接しているため、別段遠いというわけではない。公共交通機関もあるし、車も高速道路を利用すればすぐの距離だ。
潤美が自分の頬に、人差し指を当てる。
「ということは、ここは愛知か岐阜ってこと?」
「一人ならまだしも、ここにいる七人を一度に拉致したとなると、そうそう遠くには移動させられないでしょうしね。拉致前、私は夕飯としてラーメンを食べたせいか、空腹感もさほど感じていませんし……一日も経ってないんじゃないでしょうか?」
自分の腹を擦りながら鈴木は語った。彼のこの発言と、美香の腕時計が指していた時間を考慮すると、今は五月二十四日の未明となるだろう。そうなると、東海地方を抜けたどこかとは考えにくい。何より、過去の生存者が発見されたのも、岐阜県だ。
「岐阜の方には山がたくさんあるし、過疎地域も増えていると聞く。人里離れた場所で使われなくなった建物を利用して監禁することも、難しくはないのかもしれない」
そう言うと、ショウコが堰を切ったように口を開いた。
「でも……でもっ、これだけの人が急にいなくなったんだから、今頃、身内や知り合いの誰かが、警察へ通報してくれていますよね? ね?」
元から大きな彼女の両眼が、額に深い横皺ができるほど大きく見開かれた。また、口元が不自然な形で笑みを作り、下から照らされる光も相まって、やけに不気味に映る。普段から不安に駆られると、楽しいわけでもないのに自然と笑みを浮かべてしまうタイプなのかもしれない。
そんな不安がる相手を前に、ここにいる彼らは優しくなかった。
「うちは通報してくれるような人はいないかな。そもそも一人暮らしですし。日雇いバイトばかりの、しがないフリーターですしねぇ」
「私もだわ。無断欠勤しやがったくらいにしか思われないわよ」
鈴木と潤美が他人事のように言う。憂うものもないのか、その声は淡々としていた。
ショウコは彼らが何を言っているのか、すぐには理解できなかったようだ。「え?」の口で固まり、次第に手をぶるぶると震わせた。
そして先ほど、自分に優しく声をかけてくれた美香に縋るように、ショウコは彼女の両肩を鷲掴んだ。
「あ、あなたは? あなたは心配してくれる家族くらい、いるわよね? ね? そうでしょう?」
ガクガクと体を揺らされ、美香は答えるどころか声をあげることすらできない。「必死過ぎてワロタ」と、向かいに座る平が滑稽そうに笑った。
「待った、待った。ショウコさん、落ち着いて」
慌てて止めに入ろうとした私がショウコの腕に触れた途端、彼女は「ひいっ」と悲鳴を上げてから両手を引っ込めた。そんなに彼女を怖がらせてしまっていたのかと罪悪感を抱く一方で、思いの外すぐに美香を助けることができてほっとするという、複雑な心境だった。
潤美が「は~あ」とわざとらしくため息を吐いた。
「こういうおばさんが一番、誰からも心配されないのよね」
「な、なんですってっ」
ショウコが潤美をキッと睨むも、潤美は気にした様子なく、涼し気に言った。
「自分が一番可愛いってタイプよね。普段からその調子じゃ、とっくに家族からも見捨てられているんじゃないの?」
「潤美さんっ」
今度は潤美を止めようと口を出すも、ショウコはわなわなと体を震わせてヒステリックに叫んだ。
「あ、あなたにっ……! あなたみたいなっ、淫乱で育ちの悪い女に、言われたくないわよっ」
「ああ? なんだって、このクソババア!」
「ひいいっ」
暴言を吐いたのも束の間、潤美の剣幕に押されたショウコは、隣の美香を潤美の前に差し出し、自身は隠れるように身を屈めた。それが火に油を注いだようで、潤美は立ち上がり、激昂する。
「人のことを淫乱呼ばわりしておいて、何隠れてんのよっ。てめえ、ぶっ殺すぞっ」
「いやっ、いやああっ」
「落ち着いてください、潤美さんっ。気持ちはわかります。ですが、ここで騒いでも仕方がないんです」
私は今にもショウコへ殴りかからんとする潤美の前に出るなり、彼女を宥めた。自分よりも大きな体躯の男が目の前に立ちはだかったからか、潤美は猪のように鼻息を荒げながらも、座っていたソファにどっかりと尻をつけた。ショウコは潤美がよほど恐ろしかったのか、わっと泣き出した。
「こんな状況です。それぞれ緊張していますし、より苛立ちやすくなっています。正直に言って、私も余裕がありません。だからこそ、冷静に。相手のことを考えて発言しましょう。余計な争いはただ気力と体力を消耗するだけです。いつ助かるかもわからない状況なのだから、心身を無駄に削りたくないでしょう? いいですか」
周囲に向けて、私は釘を刺すように言った。潤美はまだ怒りが収まらない様子だが、腕と脚をそれぞれ組み、きゅっと口を結んだ。
ああ、ようやく話を進められる。私は座り直してから、彼らに質問した。
「ちなみに、ここで目覚める前は、各自どのように過ごされていましたか? 私は病院で仕事を終えた後、家に帰ってからの記憶がないんです」
タイムスリップをしている私の状況を話したところで意味はない。が、こちらが情報を開示しないことには、彼らは話さないだろう。特に、鈴木と潤美は周囲に対する警戒心が強い。
誰が最初に口を開くだろうか。視線を右から左へ流していくと、意図に気づいた鈴木が「そうですね」と頤に触れながら口を開いた。
「私は日がな一日、自分のアパートでゴロゴロと過ごしていました。ちょうどバイトが休みだったので。『ああ、今日はどこにも出かけずに終わるのかなー』って思っていたんですけど、ふとラーメンが食べたくなっちゃって。それで日がすっかり暮れた頃、外に出たんです。アパートから歩いて二十分くらいのところに美味いラーメン屋がありましてね。なのに人が全然入らないものだから、店主とどうやって流行らせようかねって喋りながらチャーシュー麺を食べました。その後、腹がパンパン状態にもかかわらずコンビニに寄って、漫画雑誌とアイスを買ってアパートへ戻りました。すると、玄関に入ってすぐ、外の呼び鈴が鳴ったんです。ちょうど玄関扉の前にいたので、相手を確認することなく扉を開けてしまいました。気づけば、こんな事態です。どうして気を失くしてしまったのか、その前に相手の顔を見たのかすら、覚えていません」
話をもっと要約できないものかと思いながら、私は視線を鈴木の足元にやった。なるほど。出かけ終わった後だったから、彼はサンダルを履いているのか。季節的にも、近所を歩くくらいならサンダルで充分だし、特におかしなところはない。
状況からして、たまたまタイミングよく玄関口にいる鈴木の家に犯人が押しかけたとは考えにくい。それよりはまだ、外に出ていた鈴木を尾行していて、玄関に入ったところを狙ったと考えた方が腑に落ちる。
だが今の話だけでは、わざわざ鈴木を狙ったのか、たまたま狙ったのが鈴木だったのか、そこまではわからない。




