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歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
歪な再会
15/60

慧 side


 ・・・・



 両腕を組んだ私は、ふうっと、これ見よがしにため息を吐いた。


「まあ、予想はついていましたけれどね。あなたがここへ来る目的なんて、その話以外にないでしょうから。ああ、いいんですよ。今さら、変に気を遣わないでください」


 目の前の男は、私が過去に巻き込まれた事件の話を聞きたいがためにここへ来た。


 その事件は複数の人間が拉致、および監禁されたもので、岐阜県G市集団拉致・監禁事件として世間に衝撃を与えたらしい。らしい、というのは救助された私は長いこと病院で保護という名の、外界からの隔離をされて過ごしていたからだ。


 これは後から聞いた話だ。はじめは、岐阜県G市で私一人が川に流されていたところを発見、救助をされたため、さほど派手な報道はされなかった。


 仕方がなかった。目覚めてから言葉を話すことができるようになるまで、救助から数か月もの月日がかかったのだから。


 ようやく事件当時のことを話せるようになった頃には、私の救助された事実は遥か昔のことのようになっていた。当たり前か。実名が報道されなかったのもある。事件の発覚、そして露呈は半年も後となった。


 発覚といっても、私がそう証言しただけで、私以外の被害者は十二年経った今も行方不明だ。


 手首への自傷行為自体は、思春期を過ぎた頃から時々、行っていた。この頃はまだ、半分がお遊びのようなものだったのに、あの事件の後からすっかり止められない趣味へと変わってしまった。


 視線を落とした先の、ところどころに醤油やらソースやらのシミができたランチョンマットを見つめながら、私はゆっくりと、無駄に長い前置きをする。


「助かって間もなくは記憶が混乱していましたし、一時的な健忘もありました。病室で保護されている間も、医師や看護師に怯えて酷い醜態を晒したものです。今だからこそ、こうして他人と会話ができますが、これも今だからこそです。かといって、忘れたわけではない。忘れてはいけないと思っているのではなく、忘れられないんです。それこそ、時が経てば、凄惨な出来事でも記憶は薄れていくのかなって、心の奥底では期待していましたよ。実際、曖昧になっている部分もあるんです。だから、あなたにお伝えできるのは、今なお強く、私の記憶に残っていることだけです。それはご承知おきくださいね」


 この男も、それはあらかじめわかっていたことだろう。そもそも、日常生活に支障をきたすほど心に傷を負っている私に、事件当時の記憶を掘り起こせと言っているんだ。


 それがどれだけ酷なことなのか、あることないことを書き立てるマスコミはともかく、心と頭のお医者さんをやっている彼がわからないはずがない。


 すっかり冷めたコーヒーを前に、男は私に視線を合わせて「お願いします」と促した。


 ああ、そうだ。この男の目には私の姿など映っていない。そんなこと、はじめからわかっていたことなのに、心のどこかで淡い期待をしていた自分に腹が立つ。私自身、彼のことをとっくに諦めたものだと思っていただけに……余計にだ。


「あーあ」


 わざとらしく、私は肩を落とした。


「あなたにもっと早く……美香ちゃんに出会うよりも前に、会えていたらなぁ……」


 苦笑混じりに呟いたことで、男がハッとした様子を見せた。


 ああ、やっぱりな。彼は今の今まで私の気持ちに気づいていなかった。それもそうか。私とこの男の接点など、人を介してできただけの、希薄なものだ。私が勝手に、彼に憧れていただけの話であって、彼の方には微塵もその気はない。


 性癖の点からしても、すでに私は対象外だっただろうし、何よりこの人には愛して止まない人がいた。略奪などできるわけがない。私にもそんな気はさらさらなかったけれど。


 男の目に困惑の色が見て取れた。ああ、やっと私を見てくれた。それだけで充分だ。


 向こうが何かを言おうとするのを遮るように、私は彼の前で右手を翳した。


「言っておきますが、あなたとどうのこうのとなりたいわけじゃありません。あなたも知っての通り、今の私は他人と上手く接することができない。今、こうしてあなたと対面しているだけでも、正直……いっぱいいっぱいなんです。腕を組みながら話すのも、頭の中では失礼なことだとわかっていますが、そうせざるを得ない。家族以外、てんで駄目なんです。だからまあ、今のはぼやきだと思って聞き流してください。それよりも……」


 さっさと本題に入ろう。私は腕を組み直した。


「十二年前、私やその他の人が監禁された場所は、すでに使われていないクリニックでした。診察室らしき場所には精神医学に関する本が置いてあったから、精神科だったのかな? 昔は僻地にしか精神病院を建てられなかったというし、田舎ならなおさら、周囲を気にせず監禁できますからね。複数の人間を拉致した犯人にとって、あそこは最高の監禁場所だったんだと思います」


 そして最低最悪の監禁場所だった。ああ、駄目だ。思い出すと、震えが止まらない。私は組んだ腕に力を込めた。


「あの場には、私を除いて“五人”の人間が揃いました。女性が三人と男性が二人。ええ、今だから思い出せます。監禁された被害者は、あなたが愛した美香ちゃんのように、若く綺麗な女性だけでなく、初老の女性やぽっちゃり男子までいたんですから。犯人の狙いはいったい何なんだって、混乱しましたよ」


 それでも、犯人の本当の狙いは彼女だった。私やその他は単なるおまけ。犯人の彼女に抱く感情……執着心というやつか。あれは背筋が凍るほど、常軌を逸していた。本当に、恐ろしかった。


「これでも平然を装って、強がっていましたけれど、始終怖かったですよ。おしっこも漏らしちゃいましたしね。男だろうが、女だろうが、恐怖を前にしたら関係ないと思います。だから頭の中で、誰かが助けに来てくれないかってずっと祈っていました。それこそ、あなたのような人が……」


 ああ、いけない。何を口走りそうになったのか、私は。もはや過去のことだ。願ってもあの場に助けは来なかった。それが現実だ。


 例え話をしていても意味はない。言っても無駄だ。そうだとわかっていても、私の口はついて出てしまう。


「あなたのような人があの場にいたなら……何かが、違っていたでしょうか? 助けてくれたでしょうか? タイムスリップでもタイムリープでも何でもいい。もしもあなたが過去に戻れたなら……あの場に現れてくれたなら……みんなを、美香ちゃんを……救い出してくれたでしょうか?」



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