ばれちゃった
ピッチが力尽きると同時に、旧市街を覆っていた菌糸が、戦いの終わりを告げるように枯れていった。民間人に寄生していた菌糸も死滅し、あとには栄養を吸い取られて枯れた死体だけが残った。時間があれば供養してあげたいけど、私たちは追われる身だから、菌糸人形たちは私の魔術で弔うことにした。
ピッチの死体は廃墟の一室に運んでおいた。彼女の死体はまだ利用価値がある。溶かしてしまうのはもったいない。
死者を弔うため、そして疲れた体を癒すため、私たちは粛々と野営の準備をする。みんなの疲労が限界だ。私もピッチとの戦闘で魔力を使いすぎたから体が重い。それに反動の前兆か、体の節々に針を刺したような痛みがある。
でもまだ眠るわけにはいかないから、もう少しだけ頑張ろう。
オリバーは私の魔術で頭を吹き飛ばされた状態で倒れていた。たぶん、即死だ。余計な苦しみは与えなかったはず。他の斥候たちは菌糸に操られたオリバーによって殺されていた。その後の戦いも含めると計八名の犠牲者。魔女と戦ったことを考えれば被害は少ないほうだけど、死んだ兵士はみんないい人たちだったから、改めて彼らの亡骸を見ると胸が苦しい。
「メ、メヴィ隊長……」
ポルナード君が真っ青な顔で立ち尽くしている。ウサック要塞の生き残りであるオリバーとは特に仲がよかったポルナード君。二人セットで動くことも多かったからこそ、急に相棒を失ってショックなんだと思う。
「他に手段はありませんでした。菌糸に操られたら、殺すしかありません」
「は、はい、わかってます……オリバーは、味方も手にかけましたし……」
味方も、というのは、オリバーと偵察に出た魔術士たちのことだろう。他の隊員が「ポルナードは俺たちにお任せを」と言ってくれたから、彼のケアは任せることにした。
広場に集められた死体の前に立つと、隊員たちが手を止めて私の後ろに集まった。
「彼らのおかげで西方蛮族の魔女を討ち取ることができました。この勝利は勇敢な戦友たちの、血と涙によるものです。先立つ戦友へ祈りましょう」
私の宣言を合図にみんなで黙祷をする。それから祈りが終わると私の魔術で死体を大地に還した。パラアンコ軍では火葬が主流だけど、私の部隊は「死んでも一緒にいたい」という部隊の願いから、私が直接弔うことにしている。
オリバーたちの死体はあっという間に崩壊した。広場で燃え上がる炎が、彼らの無念を叫んでいるみたいだった。大丈夫。みんなの意志は私が継ぎます。
「隊長……」
誰かがボソッと呟いた。またひとつ、私の周囲に浮かぶ亡霊の影が増えたような気がした。
その晩、生き残った人たちでささやかな宴会を開いた。魔女討伐という快挙と、旧市街に散った戦友たちのために。拠点から持ち出せた食糧はそれほど多くないから、いつもみたいに贅沢はできない。ウィスキーボトルを一本と少量の干し肉をちびちびと食べながら、先の戦いやパラアンコの情勢、もしくは義勇兵に対する扱いについて愚痴をこぼしたりする。
「知っているか? 農民から作物の徴収を増やすことを議会が決定したそうだ。それに鉄の生産を増やすって名目で労働者も集められている。ついにシャルマーンと大規模な戦いが始まるんだ」
「今だって生活に必要な最低限の食糧以外全部持っていくくせに、さらに増やすっていうのか! シャルマーンと戦う前に飢饉が起きるぞ!」
「王都に住む連中は農民の暮らしを知らないんだ。奴らは納められる作物の量しか見ていないから、自分たちの政策がうまくいっていると勘違いしてやがる」
「あーあ、フィリップ隊長がうまく議会を動かしてくれねえかな。せめて義勇兵の家族ぐらいは徴収の対象から外してほしいぜ」
「軍人ですら二等兵以下は優遇処置がないってんだ。俺たちなんて話題にも上がらねえよ」
「つーか俺たちはまだ義勇兵なのか? 最終的にはフィリップ隊長と戦うんだろ?」
「言われてみれば義勇兵は名乗れねえな。軍にも狙われているし」
そのあたりはどうなんですかー、と私に聞いてきた。たしかに私たちってなんだろうね。パラアンコを救うって目標は軍と同じはずだけど、公的にみれば逆賊みたいなものだし。
「うーん、好きに名乗っちゃえばいいんじゃないですかねえ。世の中は勝ったもの勝ち、名乗ったもの勝ちです」
「じゃあ隊長がいい名前を考えてくださいよ」
「本当にいいんですか? 私が決めたら『ナヲと腹ペコ小隊』になりますよ?」
みんながうーんと唸った。可愛い名前だと思うけど。
「というかナヲはどこにいったんですか?」
「ナヲなら腹を空かせて、人形どもの死体を食べていましたぜ。ふやけたような鳴き声を上げながら」
「ふやけたような鳴き声」
「すごい嫌そうな顔でしたよ。背に腹は変えられんって感じで。よほど腹ペコだったんでしょう」
ワッハッハ、と彼は笑った。綺麗好きなナヲも空腹には耐えられなかったみたい。菌糸人形の残骸なんて食べたら腹を壊しそうだけど……サルファの獣なら大丈夫なのかな。まあナヲは賢いから食べられるものの判別はつくだろう。
それから部隊の一人一人に願いを聞いてまわった。全部叶えられるかわからないけど、隊長として彼らの願いを知っておかないといけなかった。
「俺の故郷は北の国境沿いにある村でした。のどかで平和な農村だったのに、シャルマーン軍の侵略によって蹂躙されたんです。奴らだけは必ず報いを受けさせないといけません」
「サルファの祝福教会を大陸中に広めたい! そのためにも魔女の素晴らしさを知ってもらう必要があります! だから、どうかメヴィ隊長は崇高で気高い魔女になってください!」
「俺ぁ孤児の出身でさ、家族はここにいる戦友しかいない。だからこいつらが戦うかぎり俺も一緒に戦うんだ」
「ぼ、僕はエルマニアさんが戦場を離れて幸せに暮らしてくれたら嬉しいな、なんて……」
なるほど、なるほど。やっぱり全員の願いを叶えるのは難しいかも。でも可能なかぎりみんなの願いは聞き入れるつもり。魔女云々はわからないけど、シャルマーンに報復するとかなら、やりようがある。
みんなの願いは忘れないように手帳に記した。叶えられる範囲でちょっとずつ頑張ってみよう。
「あれ、隊長、どっか行くんですか?」
手帳を鞄に入れて立ち上がると、ベロベロに酔っ払った仲間が声をかけてきた。
「ナヲの様子を見てきます。明日もプーレリアを目指して進む予定なので、飲み過ぎないようにしてくださいね」
「ハッハッハ、こんなちょびっとの酒じゃあ酔っ払いませんよ!」
本当かなあ。真っ赤な顔で笑う彼、説得力がまるでない。でも楽しそうならいっか。
その後も酔っ払った隊員に話しかけられながら、野営地を離れ、旧市街の裏手にまわった。巨大な植物と廃墟の残骸が、私の小さな体を隠してくれる。焚き火から離れたら急に寒気がした。冬の大将軍がまだまだ暴れているらしい。
いつの日か、カタビランカの路地裏にへたり込んだように、ガンガンと痛む頭を壁に預けながら、冷たい床に腰を下ろした。ピッチとの戦いで無茶をしすぎたから、その反動が来てしまった。エマに見つかったら大変だな。でも今回ばかりは許してほしい。魔女が相手だから仕方がないでしょ。
「ハッ……ハァ……ままならん、体ですねえ」
シスターからもらった治療薬を鞄から取り出して、ぐびっ、と一息に飲み干した。薬草のツンとした苦味と焼けるような刺激が喉を通りすぎ、体の奥がじんわりと温かくなった。邪教印の治療薬はひどく苦いけど効き目は抜群だ。一晩も休めば痛みは落ち着くだろう。
「ああ、忘れてた……ナヲの面倒を見てもらおうと思っていたのに……誰か思い出して、エマに伝えてくれませんかね……」
独り言のつもりだった。でも、返事が返ってきた。
「その必要はないぞ」
ドキッと心臓が跳ねた。いつの間にか、怖い顔をしたエマが私を睨んでいる。正直、戦場にいたときよりも怖い。おかしいな、エマはポルナード君と飲んでいたはずなのに。どうしてここにいるんだろう。
「今夜は必ずいなくなると思っていた。お前はいつも、強敵と戦ったあとにいなくなる。私はそれほど鈍くないぞ」
「平気、ですよ……喋れるぐらいには、元気です」
「元気、とな。そんな状態じゃなければ張り倒していた」
エマが恐ろしいことを言う。まずいなあ、エマ、本気で怒っています。少しでも元気な姿を見せようと明るい声で喋っているんだけど、それすらも見透かされていそう。
「いつからだ?」
「うーん……エレノアと戦ったときから、ですかねえ」
「随分と前からじゃないか。なぜ言わなかった」
「エマが怒るじゃないですか」
「当たり前だ。知っていればお前を戦場から遠ざけたのに」
だから言わなかったんですよ。エマは私と違って「良い人」だから。優しくて、誇り高くて、落ち着いていて、戦場に立っているのに人間性を失わない人。
「プーレリア侵攻は中止だ。お前にこれ以上無理をさせられん」
「それは無理ですよ。今さら、どこに、逃げるんですか――」
喉にたまった痰が血と一緒に吐き出された。ゴバッと塊のような血が地面に広がる。あれれ、治療薬の効きが今夜は悪いです。ちょっと無理をしすぎたのかも。エマがとんでもない顔をしている。
「おい! 治療薬は飲んだのか!?」
「ちゃんと、ゲホッ、飲みましたよ……痛っ……!」
「喋るな馬鹿。くそっ、粗悪品を掴まされたんじゃないだろうな」
エマが駆け寄って私を抱きかかえてくれた。鎧がゴツゴツと当たって痛い。でも、廃墟の壁よりはマシ。
「私が足を止めたら……アルジェブラさんの無念が晴れません。そうでしょう、エマ。オリバーの死も、報われないです」
視界の端に亡霊たちの姿が見えた。あれはオリバーかな。最後の瞬間は、彼も怖かったのかな。
私は死の瞬間の恐怖を知っている。自らの体から力が失われ、もう生きられないのだという事実を突きつけられ、死にたくない、と本能が叫ぶのだ。一度経験すれば慣れるものじゃない。むしろ、一度経験したからこそ死とは恐ろしい。
少なくとも、私はそうだった。誰かそばにいてほしかった。一人で死にたくなかったし、死が無駄じゃないと言ってほしかった。だから私はみんなの願いを叶えるのだ。
「みんな、立派に生きました……私なんかよりも、ずっと立派に……だからこそ、あの人たちの願いを、私が――ゴホッ!」
「だから喋るな! ほら、もう一本飲んでおけ!」
自分が何をしているのか、ちゃんとわかっている。カーリヤ人にとって私は悪魔のように映るだろう。軍に刃向かった以上、フィリップ隊長もすでに私たちを切り捨てているはずだ。
世間一般的に見れば、私たちは悪だ。でも、それじゃあどうしろと言うのだ。他の誰も叶えてくれないからこそ、私が足を止めたら、道なかばで散った仲間たちの無念が晴れないじゃないか。
ゲッホゲッホと咳をした。ちらりと呪痕に視線を落とす。これは、文字通り呪いだ。成長すれば反動がマシになるかと思っていたけれど、実際は真逆。成長するほどに私の体を蝕む。
「怒った私が悪かったから、今は落ち着け。ど、どうだ、まだ苦しいか?」
エマがおろおろとしている。ふふん、そんな顔を見るのは初めてです。珍しい一面が見れてちょっぴり満足。こんなことを考えていると知ったらエマはもう一度怒るのかな。
「エマの、願いは何ですか?」
エマが「こんなときに何を」と言いたげな表情をした。でも聞いておかないといけない。彼女だって大切な仲間だし、何よりも私の相棒だから。
「お前が平穏に暮らすことだ」
恥ずかしげもなくエマは言った。部隊の存在が私にとって大きくなる前なら、エマの願いも聞き入れられたかもしれない。
「それは……難しいですねえ」
私、隊長ですからねえ。
エマがぷるぷると拳を震わせた。私が万全な状態だったら、拳骨が振り下ろされていたかも。
言うことだけ言うと眠たくなってきた。ちんちくりんな体が休養を求めているのだ。エマの胸元に頭を預けて目を閉じた。やっぱり鎧は硬くて感触が悪い。
もしもパラアンコの戦火が落ち着けば、私たちも平和に暮らせるかもしれない。きっと誰もが望んでいる。でもそんな当たり前の願いは周辺諸国が許さないし、何よりも、義勇兵の頭がおかしな隊長殿が否定する。それじゃあやっぱり戦うしかないじゃないですか。
今さら立ち止まれない。パラアンコを救いたいなら西方蛮族は滅びないといけないし、フィリップ隊長を止めたいなら彼を討ち取るしかない。
現実は理想通りに動かないんです。ままならん、ええ、本当にままならんものです。起きたらナヲを呼んで、出発の準備をして、旧市街に物資が残っていないか念の為に確認をして、それから、プーレリアに出発だ。明日も忙しくなるぞ。頬に当たる鎧の冷たさと、手から伝わる、包みこむような温もりを感じながら私は意識を手放した。




