後に引けぬと言うならば
メヴィとピッチの争いは激しさを増していく。互いに引けぬ理由があるからこそ、どちらかを討つまで二人は止まらない。両者の魔術は壊れかけの街をさらに破壊した。記念碑として建てられた像は腐り落ち、街の象徴だった時計塔は菌糸に覆われて見る影もない。
ピッチは強い。魔女だから当然だ。魔力糸の規模は比較にならないほど大きく、底なしと思えるほど魔力も多い。さらに西方蛮族特有の戦士の型を学んでいるらしく、身のこなしも軽やか。
「君みたいな魔術士がいるからカーリヤ人は救われない!」
菌糸が集まってできた槍のようなものを握りしめてピッチが迫る。激しいつばぜり合い。そこらの菌糸と違って、ピッチから直接魔力を供給されている槍は容易に腐らない。メヴィは至近距離でピッチを見た。彼女はまるで幾星霜の恨みがこもったような目でメヴィを睨んでいた。
「忌むべき存在だよ、君も、弓騎士も!」
メヴィは体をひねって槍をそらしつつ、新しく生み出した刃を飛ばす。ピッチは見もせずに菌糸の手で握りつぶした。二つの魔術がぶつかった結果、腐敗と菌糸の断片が周囲に飛び散り、偶然近くにいた菌糸人形を巻き込んだ。
「忌むべき存在は魔女も同じでしょう! 誰だって敵になりうるんですよ、不都合な相手がいる限り!」
懐に潜り込んだメヴィが鋭い一撃を放つ。避けきれなかったピッチは胸元から肩にかけて血が吹き出した。致命的な傷ではない。魔女の呪痕をもってすれば抵抗力も高い。だが傷口から腐敗の毒素が染み込み、治るそばから腐らせる。
ピッチは激痛に顔をしかめた。最近は怪我を負ってばかりだ。そもそもエレノアから受けた傷が治りきっていればこの戦いはもっと有利に進められていた。雨乞いの魔女による一撃は今もなおピッチの体を鈍らせている。メヴィがピッチと善戦ができているのは彼女自身の力もあるが、ピッチが万全の体調ではないというのも大きな要因だった。
ピッチは知る。このまま長引けば自分は負けると。菌糸人形の活躍は芳しくなく、一体、また一体、とメヴィの部隊に倒されているのが伝わる。増援は期待できないだろう。狙うは致命の一撃。迅速に、確実に、メヴィを殺して部隊を崩壊させなければならない。
勝利のため。そして何よりも、この怪物を愛するプーレリアに近づけさせないため。ピッチは一際大きな魔力を練った。
「君自身もわかっているでしょ、自分が異常な存在だって。せめて輪廻の魔女と一緒に辺境の屋敷で引きこもっていればよかったのに。君の存在は危険すぎる。カーリヤにも、それ以外にとっても」
「ひええ、ひどい言い草です。私はただ一生懸命に頑張っているだけですよ」
ピッチの異変にはメヴィも気づいていた。何かを仕掛けてくる。その前に仕留めてしまいたかったが、機会を逃した以上は迎え撃つしかない。
「本当に、頑張っているだけなんですよ。なのになーんにもうまくいきません。生きるって大変ですねえ」
ピッチの存在感が膨れ上がった。来る。メヴィがそう感じた直後、ピッチの右腕が横に掲げられた。魔女の呪痕がどくんと光る。ピッチの足元から早送りをするように菌糸が成長し、みるみるうちに菌糸の丘が出来上がった。ピッチは上半身だけを丘から出した格好で槍を携えている。
よくみれば周囲の菌糸人形が一斉に倒れていた。そして彼らの力を吸い取るように地面から管が伸びていた。ここまでくればピッチの体に何が起きたのかはメヴィも察しがつく。菌糸人形たちの、その宿主の力を吸収したのだ。答え合わせをするようにピッチが構えた。
「刮目しなよ、メヴィ。魔女の全力なんて、滅多に見れるもんじゃない」
ピッチの魔力がぎゅっ、と収縮し、そして爆発した。丘から龍の首が伸びるように、下半身が丘に繋がったまま、ピッチが槍を突き出して迫ってきた。
渾身の一撃だ。
メヴィはこの一撃が来るのがわかっていた。避けるつもりはない。もとより避けきるのは不可能な速さであり、仮に避けれたとしてもせっかく生まれた隙を逃してしまう。
だからメヴィは避けるのではなく、前に踏み出した。腕の一本、足の一本は捨てる覚悟。恐怖がないわけではない。引き伸ばされた時間の中、メヴィの冷静な頭が被害を予測する。治療薬があるから臓器を避ければ死なないはずだ。でも欠損した腕は生えてこない。今後一生、不自由な体で戦い続ける? それだけの価値がこの戦いにある?
笑止。
悩むまでもない。アルジェブラさんのために、パラアンコを救うために、戦うと決めたのだ。オリバーや、散ってしまった仲間たちの願いを背負っているのだ。彼らを連れていく。たとえ血濡れた道であろうとも、彼らが望んだ、栄光の景色へ。
「止まりませんとも!」
極限状態の中、ピッチは目を見張った。メヴィは笑っていたのだ。まるで身を犠牲にするのが嬉しいと言わんばかりに。
(狂っている。化け物だ。魔女の私が、気圧されるなんて)
ピッチの槍が吸い込まれる。最初はメヴィの胸元を狙っていた切先が少しずつずれ、メヴィの細い左半身へと――。
「こんの、大馬鹿者がァ!」
槍がメヴィに触れると思いきや、大盾が間に差し込まれた。エルマニアだ。耐魔術合金の大盾がギリギリと音を上げながらピッチの剛槍を受け、流し、龍の一撃を彷彿させる傷あとを残しながら二人を守り抜いた。
「大好きですよ、エマ!」
その隙にメヴィが跳んだ。ピッチの動きを模倣するように、握りしめた冒涜の刃を前へ突き出す。
直後、赤黒い刃が魔女の胸元を貫いた。ゴハッ、と大量の血が吐き出される。刃からあふれ出した腐敗の毒素がピッチの体に広がり、今度こそ致命的な一撃となった。
「ガ……ゲホッ、しまったな、これは……兄様に怒られる」
ピッチの体から力が失われ、ぼろぼろと槍が崩れていく。禍々しく光っていた呪痕も輝きを失い、体中に刻まれた傷跡からぼたぼたと黒い液体が流れ落ちた。さらに、その身に宿していた膨大な魔導元素があふれ出し、行き場を失って宙に溶け、常人にもわかるほど周囲の魔力濃度が上がった。
魔女の死。それはほとんどの人が一生見る機会のない光景であった。
「たとえ一瞬だったとしても、ピッチと学友だったときは楽しかったですよ」
口元から止めどなく血を滴らせるピッチ。彼女は今にも閉じそうな瞳でメヴィを見た。真っ赤に染まった右手を上げ、震える指先をメヴィの額に押し付ける。
「フッ……君は、呪われるよ……私が、呪う……」
べたり、と血がついた。すぐに力を失い、メヴィの額に赤い線を残しながらピッチの手が下げられる。これはただの宣告。もはや魔術を使えるほどの力も残っていない。
「君がやろうとしているのは……虐殺だ、君は、魔女よりも魔女らしい、化け物になる」
メヴィは突き刺していた剣を引き抜いた。冒涜の刃が役目を終えてぼろぼろと崩れ落ちる。
「今さらですよ。誰かがそう願うのですから」
今度こそピッチは仰向けに倒れた。菌糸の丘がどろどろと溶け出していき、やがてピッチの体が旧市街の地面に横たわる。“菌糸の魔女”ピッチ。多くのパラアンコ兵を恐怖に陥れたカーリヤ族の魔女。兄に褒められることだけを夢見た少女は、数多の命を奪い、その果てに、原初の森の旧市街で堕ちた。
魔女の死。それは遠く離れた同胞たちにも伝わる。
輪廻の魔女にも、学院に住まう魔女たちにも、そして聖地プーレリアの玉座に座る兄にも。
「……ピネが討たれたか」
兄は拳を握りしめる。ついに恐れていた事態になった。カーリヤ族の疫病神であり、最強の矛でもあった魔女が死んだ。
「ボルドーに伝えろ。敵が来る」
独りになった王が立ち上がる。




