相棒とは何たるか
メヴィとピッチがし烈な争いを繰り広げる一方、エルマニアとその部隊は数えきれないほどの菌糸人形に囲まれていた。数は優に百を超えている。生者を襲い、仲間を増やす亡者の群れ。ピッチの手から離れることで劣化しているといえども、彼らの放つ胞子は人体にとって致命的な毒となる。特に身体能力の低い魔術士が吸えばひとたまりもない。
菌糸人形の被害となったのは周辺の農村に住むパラアンコ人だ。戦場で投入された人形と比べれば戦闘能力は低い。しかし、それを補って余りあるほどの数である。
旧市街の空が灰色に染まった。曇っているのではない。菌糸から放出された胞子が空を染めているのだ。
「騎士は前に出すぎるな! 異変を感じたらすぐに撤退しろ! 魔術士は牽制しつつ胞子を焼き払え……聞いてるかポルナード! お前はもっと後ろだ!」
なぜかエルマニアの前に出ようとするポルナードを一喝しつつ、彼女は怒涛の勢いで指示を出した。それだけではない。部隊の先頭で菌糸人形を斬り払いつつ、魔術の射線を塞がないように注意し、ピッチが仕掛けた地雷式の菌糸が爆発すれば盾で防ぐなど、味方の動きを把握しながら戦っている。
「深追いはするな! メヴィの邪魔をさせなければいい!」
エルマニアは最初から菌糸人形を殲滅しようとは考えていない。術士であるピッチを殺せば菌糸人形は力を失う。メヴィが勝てばいいのだ。それが一番、勝率の高い選択。
(できればメヴィの加勢をしたいが……)
現状、エルマニアが欠ければ部隊の指揮が乱れる。だがエルマニア以外を加勢に向かわせたところでメヴィの足を引っ張るだけ。生半可な兵士では魔女の猛攻に耐えられない。ならばこそ、余計にエルマニアが向かうべきなのだが――。
「いってください、エルマニアさん!」
エルマニアの迷いを断ち切るように、ポルナードが叫んだ。彼はいつになく真剣な表情をしている。本来は守られるはずの魔術士がエルマニアの隣に立ち、迫り来る菌糸人形を魔術で牽制しながらエルマニアの背中を押す。
「お前に指揮が取れるのか!?」
「ずっとエルマニアさんだけを見てきました! どうかお任せを! そしてあなたは思うように動いてください!」
音波を用いた衝撃波が菌糸人形の頭部を吹き飛ばした。この男、魔導具の開発に携わるうちに魔力の操作が上達し、瞬間的な破壊力だけならば上級魔術士をも唸らせる実力がある。
周りの仲間がピュウと口笛を吹いた。捉えようによっては告白とも取れそうな言葉を、しかも音魔術によって拡散させたのだから、部隊の兵士たちも士気が上がる。
「ならば任せよう! お前たち、ポルナードの指揮に従え! 馬鹿げた命令を下すようなら引きずり落として構わん!」
「そ、そんな、エルマニアさん!」
悲痛なポルナードの叫びを背中に聞きながらエルマニアは走った。あの臆病なポルナードが「できる」と言ったのだ。それだけの確信と力がある、ということだ。男子が格好をつけたのなら口を挟まないのが年長者の役目。ゆえにエルマニアは駆ける。今も魔女と命のせめぎ合いをしているであろう、小さき相棒のもとへ――。
「……なに?」
エルマニアは足を止めた。彼女はメヴィの支援をするつもりだった。だが、エルマニアの目に映る光景は彼女の想像と少しばかりズレていた。
「君はまだ知らないみたいだ! 積み重ねられた、カーリヤの歴史が生む力を!」
魔女が吠える。幾多の菌糸が津波のように少女を襲う。
「あなたも知らないでしょう! 母の愛は何ものにも勝るのです!」
魔女の弟子が片っ端から斬る、斬る、斬る。赤黒い刃が触れたそばから腐らせる。
一見すれば両者の戦いは拮抗しているようにも見えた。だがある程度の、エルマニアほどの実力があればどちらが優勢か判別できる。
「メヴィが、押しているのか?」
あろうことか、魔術士が、魔女を押していた。その異常さは魔女と戦った経験のあるエルマニアだからこそわかる。魔女は災害だ。魔女に刃向かうのは愚か者だ。それが呪痕を刻む者にとっての共通認識。
しかし、目の前の光景が常識を覆す。迫り来る菌糸をかい潜り、あと一瞬でも遅ければ心臓を貫いたであろう一撃を防ぎ、メヴィは魔女に食らいついていた。否、食らいつくどころか、飲み込もうとしていた。
「いったい、どこにそんな力が……!」
「湧いてくるんですよ、アルジェブラさんのためならば!」
無論、メヴィも無傷ではない。たとえ菌糸の毒素を腐らせたとしても、避けきれなかった一撃は少女の柔肌を傷つけ、血を流す。だがメヴィは軽業師のように戦いながら治療薬を飲んでいた。エルマニアも飲んだことがあるから知っているが、あの治療薬は即効性がある反面、傷が治る過程で激痛が走る。膝を抱えて丸まりたくなるほどの、痛みが。
「お母様は言いました、人の最も美しき姿は献身だと!」
一撃。少女の振り払った刃がついに魔女を捉える。ピッチにとってはかすり傷だ。一瞬触れた程度の腐敗では魔女の体を腐らせるには至らない。だが、触れた。届いてしまったという事実がピッチを動揺させる。
「奉仕せよ!」
弓騎士の願いを背負い、晴れ晴れとした笑みで戦う少女。エルマニアは足を踏み出せない。自分だけが隣に立てると思っていたのに、今の実力では足手まといだと嫌でもわかってしまう。
しかし、それでも。エルマニアは盾を持って走り出した。
自分はメヴィの相棒なのだ。騎士だからではない。年長者だからでもない。相棒だから、隣に立って、あの小さな体を守るのだ。




