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献身欲求  作者: 畑中みね


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気分がいいです

 

 いつもよりも世界がゆっくりと感じられた。いろんな人が私を見ている。


 高台で弓を構える、破弓部隊の兵士。アルジェブラさんの部下たち。彼らはまるで、師匠を殺された弟子のように私を睨んでいた。どうやら私が殺したと勘違いしたらしい。いや、半分ぐらいは合っているか。よかったねアルジェブラさん、あなたは部下に慕われています。だから安心して眠ってください。

 反対側の入り口では、何人かのパラアンコ兵が震えながら、私に剣を向けている。彼らは戦場で死にかけていたところを助け、砦に帰ってから感謝してくれた兵士だ。できれば戦いたくないな。でも襲ってくるなら仕方がないよね。


 抑えきれないほどの熱が感じられた。呪痕から発せられる熱。空中で爆散した砲弾の熱。大地から昇る憎しみの熱。もしくは私の心臓が吐き出す激しい熱。

 気分が良い。お母様が褒めてくれたときみたいに心が高揚している。空が広い。思いきり地面を蹴ったらどこまでも飛んでいけそうだ。秋空を飛ぶトンビのように、私も天高く羽ばたいてしまいたい。


「魔導砲弾、打て――!」


 そんな視界に無数の砲弾が映った。私は右手をかざす。

 血のようにどろりとした液体が呪痕から染み出し、無数の棘となって発射された。砲弾はすべて空中で爆発し、散らばった破片が地面に降り注いだ。頭上で手榴弾が爆発したようなものだ。兵士たちが悲鳴を上げている。

 その隙に私はエマの手を引いた。相棒はまだ(ほう)けていた。


「いきましょうエマ。私たちの戦う場所はここではありません。まずはみんなと合流して拠点から脱出しましょう」

「……悪い夢を見ている気分だ。私には、何がなんだかわからん」

「もう、寝ぼけている場合じゃないですよ。しっかりしてくださいエマ」


 困った相棒ですね。仕方がないから私がエマの腕を引っ張って中庭の外を目指した。いつもはエマが引っ張ってくれるんだけど、たまには私がお姉ちゃん役をするのも悪くない。


「メヴィ隊長! ご無事ですか!」


 中庭を出ると部隊のみんなが出迎えてくれた。襲いかかるパラアンコ兵に応戦しながらも、顔を私に向けて嬉しそうに笑ってくれる。危ないから目の前の戦いに集中してほしいけど、あんまりにも嬉しそうだから私まで嬉しくなった。

 中庭の外は私の部隊とパラアンコ軍で激しい戦闘が繰り広げられている。場所が狭いのは幸いだ。数は圧倒的にパラアンコ軍が多いけれど、壁や柱が邪魔で私たちを包囲できないみたい。


「お待たせしました。みんなは北門を目指して退路を確保してください。エマがみんなの指揮を取ります」

「待て、お前はどうするのだ?」


 ギョッとしたエマが私の腕を掴んだ。一発の砲弾が砦の壁にぶつかり、激しい爆発音が後ろから聞こえた。


「みんなが無事に脱出するための時間を稼ぎます。なに、大丈夫ですよ。私の読みが正しければ、パラアンコ軍はすぐに私たちの相手をしなくなります」

「それでもお前一人に任せるわけにはいかんだろう。私も残る。指揮は他の者に――」

「あ、ちょうどいいところに来ましたねポルナード君。さっさとエマを連れていってください。これは隊長命令ですよ」

「ぼっ、僕がですか!?」


 エマのお()りをポルナード君に任せると、彼は驚きながらもどこか嬉しそうな表情をした。きっとエマのことが心配だったのだろう。ふふん、部隊の指揮を取りつつ、さりげなく仲間の恋路を応援するなんて、私もなかなかやるじゃないか。


「さあ行ってください。ちゃんと北門を確保してくださいね」

「ちっ……あとで説教だメヴィ! 覚えておけ!」

「ひええ、おっかない」


 エマに手を振りつつ、魔術を放とうとするパラアンコ兵を腐敗の棘で貫いた。横槍を刺そうとするなんて無粋です。

 振り返ると、百を超える数のパラアンコ兵が私に剣を向けている。でも我先に襲ってくる者はいない。ドロドロに腐り落ちた味方を見たせいで腰が引けているのかも。私は胸を張ってパラアンコ兵に問いかけた。


「さて、私はパラアンコ軍に敵対するような行動はしていないと思いますが、どうして襲うんですか?」

「め、命令だ! 貴様たちは弓騎士の先導のもと、パラアンコ軍へ反逆を企てた! ヴィクトル総指揮官を殺害した疑いもかけられている!」


 パラアンコ軍の指揮官が叫んだ。彼を知っている。私たちの小隊を遠巻きで「不気味だ」と揶揄した人だ。真面目で堅物なパラアンコ軍人。残念だけど説得するのは無理だろう。


「悲しいですね。私、ときどき思うんですよ。軍人が仕えているのは国か、上官か、それとも任務か。それは本当に命を賭すに足るものなのか、と」

「魔導砲兵、構え――! 敵は一人だが魔女の弟子だ! 全ての砲弾を叩き込んで確実に殺せ!」


 城壁にずらりと砲台が並べられており、その全てが私に向けられている。砲台だけではない。数多の剣や弓、もしくは恐怖に染まった瞳。兵士たちの抑えきれない感情が矢のように私を貫く。悪くない気分だ。


「敵対するというなら私は抗います。だから覚悟してくださいね。私、ちょっぴり強くなりました」

「打て――!」


 魔導砲弾が雨のように降ってきた。空が真っ黒だ。でも、その光景を視認してから動き出せる程度に、私の動体視力は成長していた。これはアルジェブラさんの愛。もしくはお母様の愛。右腕から発せられる、燃えるような熱が力をくれるのだ。腐敗の棘をずらりと宙に浮かべ、私に当たりそうな砲弾だけを撃ち落とし、それを合図に駆け出した。


「なっ、騎士隊、前へ、奴を止めろ――!」


 指揮官が焦ったように騎士隊を前に出した。重厚な鎧が横並びに私を阻もうとする。近づくと、騎士隊は容赦なく私に剣を振り下ろした。小娘一人にやりすぎじゃないかな。でもまあ、これが耐魔導合金だったら厄介だけど、ただの金属なら怖くない。腐敗の魔導元素を周囲に撒き散らすと、振り下ろされた剣が触れたそばから溶けた。


「そ、そんな馬鹿な!? この化け物め……!」


 うるさく叫ぶ騎士の口を物理的に塞いだ。化け物だなんて。今さら言われても気にしない。


「さあ、見せてくださいな。あなた達も、誰かのために戦っているのでしょう?」


 打てるかぎりの魔術を、一斉に放った。無数の棘が騎士の鎧を貫き、地面から這い出た鎖が砲台ごと兵士を縛る。空を飛び回る冒涜の刃がひとり、またひとりと首をはねる。魔力に余裕があるから大槍も放った。とんでもない風圧が私の前髪をかき上げた。


「……ふふ」


 ああ、気分がいいです。私は今、みんなの役に立っています。殺せば殺すほどみんなの生きる確率が上がる。もっと殺せ。命を奪え。呪痕がどくんどくんと脈打った。まるで高熱で倒れたときみたいに熱い。

 魔術を放つ瞬間、敵兵士のおびえた目が見えた。でも気にせずに放った。宙に浮かべた刃の数が次第に増していく。まるで私の気持ちに呼応するように。

 見てくださいお母様、メヴィはこんなにも勇敢で強くなりましたよ。どうですかアルジェブラさん、これなら西方蛮族を滅ぼせますか。


「ば……化け物、人殺しの、化け物!」


 中庭前のパラアンコ兵が全滅するのに、さほど時間はかからなかった。

 血と腐敗、溶け残った死体や臓物が混じって、地面を赤黒く染めている。まさに死屍累々。血の池地獄みたいだな。ぴちゃぴちゃと音を鳴らしながら、最後の一人になった指揮官に話しかけた。


「他の部隊にも私たちを殺せと命令していますよね。取り下げてくれませんか?」

「ふざけるな! やはり上の判断は正しかったのだ。貴様のような存在はあってはならぬ……人を人とも思えぬ奴を野放しになどできん!」

「さいですか」


 ぴん、と指揮官の首をはねた。今さら言われなくても、他人と比べて私が少々ずれているのは知っている。それでもエマや部隊のみんなが隣にいてくれるから別にいい。多少のズレも愛嬌なのだ。


「さて、誰が裏で糸を引いているのか……また今度ポルナード君に探らせますか」


 なんとなく予想はついているけど、確証は必要だからね。

 嫌そうな顔をするポルナード君を思い浮かべていると、西門の方角から砲撃の音が聞こえた。私を狙っているのではなく、拠点の外に向かって放たれた音だ。つまり防衛戦。()()のお出ましだろう。アルジェブラさんが死んだことはたぶん、ピッチに伝わっている。だから今ごろは西方蛮族が大挙して拠点に攻め込んでいるだろう。思っていたよりも動きが早いのは、さすがロネといったところか。彼らが注意を逸らしてくれるのはありがたい。


 戦いの余波でボロボロになった拠点を軽い足取りで走った。呪痕が成長したおかげか、あんなにたくさんの魔術を使ったのに反動が来ない。私、成長しました。今度ルル婆に会ったら褒めてくれるかな。


 そんなことを考えていると人影が飛び出してきた。とっさに首をはねようとする。


「待て待て待て! 俺だ、パシフィックだ!」

「あら、まだ拠点に残っていたんですね」


 刃はパシフィックさんの首に触れるすんでのところで止まった。よかったねパシフィックさん。もしも触れたら溶けてたよ。

 彼のことだからとっくに逃げていると思っていた。だって拠点に残ったら私の仲間だと勘違いされかねないし。でも彼が残っていた理由はすぐにわかった。だってパシフィックさんの後ろに、小柄な西方奴隷がいたから。


「パシフィックさん……痩せ細っていますが、その人は子どもじゃないし、男性ですよ。いくらロリコンでも見境いがないです……」

「違うわ! こいつはパリータの兄かもしれないんだよ。というかメヴィちゃんは知り合いのはずだろ?」

「……北の戦場では世話になった」

「ああ、あの時の。こちらこそお世話になりました。不思議な縁があるものですねえ」


 よく見れば即席砦の夕食で配給を分けてくれた西方奴隷だ。名はたしかアレーだったかな。彼と会ったのはあの夜が最後だけど、サミダラ要塞の攻城戦を生き抜くとは中々腕が立つようだ。


「ただ残念ながらゆっくり話す時間はないのです。お二人はこれからどうするんですか?」

「アレーを連れてカタビランカに帰るつもりだ。奴隷契約はさっき契約主と話して譲渡してもらった。おかげでこの前の戦争で稼いだ金が無くなっちまったよ」

「俺は必要ないと言ったのに。恩を売られれば返さねばならん」

「素直じゃないでしょ、こいつ。パリータの兄とは思えないや」


 二人だけで無事に帰れるかな。今は西方蛮族がどこに潜んでいるかわからないし、私のせいで義勇兵の立場も危うい。野盗に扮して略奪をする西方蛮族もいるという話だ。


「そうだ。お二人も私の部隊に入りませんか?」


 そうしたら一緒に拠点を脱出して、機をうかがってからカタビランカまで一緒に帰ることができる。我ながら名案だ。

 そう思ったのだけど、パシフィックさんは少し悩んでから首を振った。


「いいや、やめておくよ」


 目を細めてパシフィックさんを見た。遠くで砲弾の爆発が起き、舞い上がった灰が風にのって私たちの間に落ちる。しばし、沈黙。パシフィックさんは、なぜか震えていた。まるで、そう、サルファの獣と出くわしたみたいに。


「そうですか……残念です」


 社交辞令じゃなくて、私は本当に残念だと思った。パシフィックさんのことは嫌いじゃない。仲間になってくれたら頼もしいと思う。でも嫌と言うなら仕方がない。たぶん私たちとは違うのだ。見える世界、望む生き方、心のうちに抱える欲求の姿が。


「また会いましょう、パシフィックさん。できればカタビランカの花街で平穏に暮らしてください」

「俺だってそうしたいさ。この国が一日でも早く戦争の呪縛から逃れられることを、俺は心から願っているよ」


 そう言って彼らは東の方角へ走っていった。空が赤い。戦火に染められた空が二人の後ろ姿を飲み込んだ。




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