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献身欲求  作者: 畑中みね


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ひとときの休息

 

 北門に到着すると、部隊のみんなが待っていた。門を守っていたパラアンコ兵は無力化されて周囲に倒れている。できる限り殺さないようにしたようだ。エマらしい判断だね。


「お待たせしました。怪我人はいますか?」

「二人やられたがどちらも軽傷だ。お前こそ無事か?」

「このとおり元気です。先ほど拠点の外で戦闘が始まりました。たぶん、西方蛮族が攻めてきたんだと思いますよ。今のうちに脱出しましょう」


 みんなが隊列を組んだ。最初は寄せ集めだった私たちも、いつの間にかちゃんとした部隊になっていたみたい。エマと並んで先頭に立つ。

 ふと肩が重くなった。いつの間にかナヲが私の肩に乗っている。ふわふわとした毛が頬に当たってこそばゆい。そう思っているとナヲが首に巻きついた。


「あら、呼んでないのに来てくれたんですか」


 ナヲに負けじと、一頭の馬が私にすり寄ってきた。今回の戦場でずっと一緒だった馬だ。白い毛並みの駿馬。どうやら私のことを気に入ってくれたらしい。背中にまたがると馬が嬉しそうに鳴いた。部隊のみんなも続々と馬にまたがる。どこで調達したのかと思ったけど、多分、逃げる途中に拠点の馬を拝借したのかな。


「それじゃあ出発です! 目指すは西方蛮族の本拠地、プーレリア!」


 一斉に北門を飛び出した。背後で無数の爆発音が聞こえる。今ごろ両軍の本隊がぶつかっているはずだ。そのすきに私たちは西方蛮族の本拠地を攻めよう。徐々にパラアンコ軍の拠点が遠ざかる。追手はいないらしい。

 冷静に考えると不服だ。私たちとパラアンコ軍の目的は一致しているはずなのに、なぜ軍に攻撃されないといけないのか。西方蛮族を滅ぼしたら、今度は裏で糸を引いている奴をあぶり出してやる。じゃないと私だけじゃなくて部隊のみんなまで犯罪者扱いだ。

 考え事をしていると後ろから話し声が聞こえた。ポルナード君が斥候のオリバーと話しているようだ。


「うん、よし、周囲に気配なし。刺客が隠れていそうな音は聞こえません」

「便利な魔術だよな。もしかしてお前の魔術なら隊長たちの会話も聞こえるのか?」

「聞こうと思えば聞けますけど、下手に盗み聞きをするとどんな目にあうかわからないのでやりませんよ。どうせろくな話じゃないだろうし」

「なーに言ってんだポルナード、お前の魔術なら隊長が隠している秘蔵酒の場所がわかるかもしれねえ。うまく聞き出して一杯やろうぜ!」

「ちょっ、やめてください! 聞こえたらどうするんですか!」


 聞こえてますよ。あとで二人とはお話をしないといけませんね。

 馬を走らせていると次第に木々が生い茂ってきた。無数の蹄が大地を踏み締める音が鳴る。ここはサルファの獣が住まうとされる原初の森。鬱蒼とした木々が太陽を遮るせいで昼間でも薄暗い。特に今はほとんど日が暮れてしまいそうな時間だから、余計に森全体が不気味な雰囲気である。


「ここはパラアンコと西方蛮族を隔てる森か。どうする、この辺りで夜を明かすか?」

「そうですねえ。流石にみんな疲れたでしょうし、これ以上進むのはやめましょうか」


 野営ができそうな場所を探して馬を止めた。部隊のみんなが一斉に準備を始める。私も手伝おうとしたけど、みんなが「隊長はじっとしていてください」と言うから大人しくした。

 古びた倒木に腰掛けてナヲの頭を撫でる。みんなが頑張って働いているのに私だけ休んでいるとなんだか申し訳ない気分だ。


「暇ですねえ。ナヲ、お腹は空いていませんか?」

「ナヲー」

「そうですよねえ。ただでさえ配給が少ないのに、ずっと戦い続けていましたから。そりゃあお腹も空きますよ」

「ナヲ……」

「昨日から食べていない? それは大変です。今日はたくさん食べましょうね」


 どうしても遠征中は食糧が限られる。そしてこれからはもっと食糧調達が難しくなるだろう。プーレリアに到着するまでみんなの体力がもてばいいけど。特にエマやナヲは大食いだから心配だ。


「なんで当然のように会話が通じているんです?」

「あら、オリバーじゃないですか。準備は終わったんですか?」

「天幕は張り終えたんで、今は飯の準備をしています。あと一応言っておきますが、そいつは昨日も今日もしっかり食べましたからね」


 ナヲがそっぽを向いた。嘘をつくなんて悪い子だな。


「腕の具合はどうですか?」

「動かしても痛くないですよ。次からは俺も一緒に戦えます。メヴィ隊長こそ、ソレは大丈夫なんですか?」


 オリバーが指をさしたのは私の首元に広がった呪痕だ。呪痕の急激な成長は術士の体に大きな負担を与えることがある。特に私の場合、アルジェブラさんの呪痕と混じったことで一段飛ばしに成長したから心配してくれたのだろう。


「問題ないですよ。私とアルジェブラさんの相性が良かったんでしょう。これも、愛です」

「魔術士の呪痕はよくわかりませんが、隊長が平気なら安心しました。どうか無茶はせんでくださいね。隊長がいないと俺たちは帰る場所がなくなっちまう」

「あはは、大袈裟ですよ。でも心配してくれてありがとうございます」

「あとでエルマニア姐さんを呼びますんで、ちゃんと体を診てもらってください。ああ、ついでに何やら隊長に話があるそうです。姐さん、怖い顔をしていましたよ」

「ひええ、おっかない」


 そんなカリカリしたら疲れるだけなのに。ねえ、ナヲ。頭を撫でてあげると気持ちよさそうに鳴いた。

 ずるずると地面に滑り、頭だけを倒木に乗せて空を見上げた。鬱蒼とした森だけど、ここだけは木々が少なく、綺麗な星空が視界いっぱいに広がっている。ふと新聞屋を思い出した。今も、この星を通じて私を覗いているのかな。いや、流石にそれほど暇じゃないか。


「見ててくださいねルドウィックさん。きっとたくさん、記事が書けますよ」


 ナヲを撫でながら夜空に呟いた。応えるように流れ星がひとつ、北へ流れる。あっちはサルトリア魔術学院がある方角だ。今ごろ新聞屋はどうしているだろうか。物思いにふけっていると「食事の準備ができましたよ」と呼ぶ声がした。ナヲと一緒に勢いよく起き上がった。


 ◯


 赤硝国家シャルマーンには「キャパルリの王冠」と呼ばれる魔導具がある。とある天才魔導具師が発明した、後世に語られる、悪しき魔導具だ。


 事の発端は当時の王が放った言葉がきっかけだ。

 次代の王は、メルメリィを娶った者とする。

 この言葉によってメルメリィの地獄が始まった。


 当時、シャルマーン王家においてメルメリィは非常に大きな影響力があった。

 ピンクブロンドの美しい髪に、すらりと通った鼻筋、そして、儚げな雰囲気の長いまつ毛。高い教養と圧倒的な美貌。申し分ない血筋に、勤勉で物怖じない性格。

 そして何よりも、魔術の才。


 メルメリィの魔力量は明らかに他者よりも突出していた。魔術に対する造詣も深く、シャルマーンが誇る対魔導部隊は、元を辿ればメルメリィが赤硝の有用性を発見したのがきっかけである。彼女は多くの功績を残した。それこそ、もしも彼女がいなければ、シャルマーンは今頃、国土の大部分を周辺諸国に支配されていたほどに。パラアンコとの戦争すら起きなかったかもしれない。

 まさに可能性の塊。ちょうど隣国パラアンコで魔導研究所の成長が著しい時代。シャルマーンもまた負けじと魔導技術に着目していた。


 誰もがメルメリィを自分のものにしようとした。手に入れれば王位が約束される。富や名声、未知なる技術、一族の繁栄。皆が欲した。金の卵を。その先にある、果てなき栄光を。


 そんな中で生まれたのが「キャパルリの王冠」だ。天才とうたわれた魔導具師キャパルリが製作した。その力は特定の個人、つまりメルメリィの居場所を示し、メルメリィの魔力を吸い取るというもの。効力こそシンプルであるものの、その制作には多大な犠牲が払われた。個人の魔力を識別するには非常に高度な技術を必要とし、今もなお王冠の複製は成功していない。


 この王冠によってメルメリィは常に居場所を捉えられ、昼夜を問わず襲われるようになり、ついに現国王アダムスに捕まった。それからの生活は逃亡中よりもはるかに苦しいものだったという。夢見の魔女として覚醒したのも監禁中の出来事だ。

 その後、ルドウィックに救出されて愛の逃避行をするのだが、それはまた別の話。


 つまるところ、たとえメルメリィの呪痕が消えて目覚めたとしても、キャパルリの王冠がある限り、また悲劇は繰り返される。

 ゆえに壊さねばならない。悪しき王冠を。もしくは王家の悪習を――。


 ◯



 男が上機嫌に鍋を煮ている。様々な材料が混ぜられた液体はこの世のものとは思えない悪臭を放っていた。それでも男は顔色ひとつ変えない。実験が楽しくてしかたないといった様子だ。


「僕は愚か者だよ。人間の肉体がこれほど神秘に包まれているなんて知らなかった」


 新聞屋ルドウィック。彼のかたわらには少女が寝かされている。息はしていない。まだ新鮮な死体にはインクでいくつかの目印が描かれており、ルドウィックは目印の一つに刃を入れた。あふれ出した血があっという間にルドウィックの手を赤く染める。


 彼は取り出した臓器を綺麗に洗い、傷つけないように注意しながら大きなガラス瓶に入れると、先ほど混ぜていた魔法薬を流し込んだ。どろりとした液体はみるみるうちに透明となり、取り出されたばかりの臓器がガラス瓶の中に浮かんだ。それを満足げな様子で棚に並べると、ルドウィックは再び少女の死体へ刃を入れた。胸を開き、腕を切り落とし、その内部、人体の神秘へ手を伸ばした。


「あまりにも遅れているんだ。この世界の医学も、僕自身の知識も」


 ルドウィックは決して天才ではない。だが彼が人生で培った膨大な知識は使い方次第で天才のそれに匹敵する。ルドウィックが覗き見たメヴィの記憶は不完全なものだ。正確にいうなれば、メヴィが生きた程度の年数では得られる知識が限られている。断片的で表面的な情報しかない。ルドウィックはそれを正確な技術として確立しようとしていた。


「そうだろうメヴィ。君が新たなる領域(ステージ)へ進もうとしているように、僕も自らの夢のために前へ進まねばならない。たとえどれほどの犠牲が生まれようとも、過去に類を見ない結果が得られるならば、それは進歩だ」


 彼は表の世界で起きている事象をほぼ正確に把握していた。弓騎士の死。今なお止まらぬ、魔女の弟子の急速な成長。栄光玉砕による世論の支配。西方蛮族とパラアンコ軍の衝突。雨乞いの魔女の動向。普段ならば喜んで記事にしていた。だが今の彼にはもっと優先すべきことがある。


「そうだ、前に進むのだ。停滞していた僕たちの時間がようやく動き始める。待っていてくれメルメリィ、僕が必ずや王家の呪縛から解放してあげよう」


 たった一つの願い。愛する女性の自由を獲得するために新聞屋は邁進する。彼の研究室にはおびただしい数のガラス瓶が並んでいた。




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