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献身欲求  作者: 畑中みね
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降り立つ王、救済の雨

 

 戦場に現れた弓騎士の姿は、高台に立つピッチからも確認できた。


「おかしいなあ。弓騎士が私の命令を無視している……もしかして使命感だけで体を動かしているのかな? 上級騎士ってのは面倒だねえ。タガが外れたせいで以前よりも厄介だ」


 弓騎士に植えた種は特別だ。一級に相当する実力がなければ看破できず、たとえ気づかれたとしても一度根を張れば助けるのは不可能。抵抗すらできないはず。にも関わらず、種に込めた命令を無視して西方蛮族と戦う弓騎士の姿に、口には出さないもののピッチは賞賛を送った。


「お助けくださいピッチ様! 憎き弓騎士に、我々の戦士が次々と討たれています!」

「あまり騒がないの。大丈夫、もうすぐ交代するから」


 交代する、という意味をカーリヤ族の青年は理解できなかった。だがすぐに青年は口をつぐむ。背後から感じられる強大な覇気。そして地を揺らす行軍の足音。やがて指揮所に続々とカーリヤ族の上級戦士が現れた。

 その中にひときわ目立つ男がいる。戦場の全てを見透かすような鋭い目つきに、ピッチと同じ流れるような銀髪、そしてカーリヤ族の王にのみ与えられる剣を腰に携えた男。


「ほら、お兄様が来た」


 ロネ・ドロシーが指揮所に降り立った。ただそれだけで戦士たちの士気が上がった。ロネがいれば勝てるという絶対的な信頼とカリスマが兵に勇気を与えるのだ。ピッチが持ちあわせていない王の素質を眩しそうに見つめたあと、彼女は外套を羽織って馬にまたがった。


「それじゃあ後はお兄様の指揮に従ってね。私はどこぞの迷惑な雨雲を解決してくるから」


 そう言って馬の腹を蹴る。正直なところ、弓騎士の様子を見てからにしようかとも考えたが、それ以上に各地で街を沈めるエレノアの脅威が上だった。特に北方のシャルマーン国境沿いには他国との貿易拠点があり、もしも沈められれば後方支援が麻痺する。


 ピッチと入れ替わるようにしてロネが高台に立った。彼はパラアンコの防衛都市前に立つ弓騎士を見て不快そうな顔をする。


「雑な仕事だ。我が妹でなければ処罰をしただろうに」


 弓騎士が参戦するのは当初の目論見から外れている。本来ならば種の命令に従って軍の中枢に潜入し、内部情報をカーリヤ側に流すはずだった。結局、得られた有益な情報はフィリップが参戦していないということだけ。ピッチの詰めが甘かったか、それとも弓騎士の胆力が予想以上だったか。


 彼は瞬時に戦場の状況を確かめる。全体的にカーリヤ族が優勢。特に菌糸人形による突撃で敵右翼が壊滅状態だ。だが弓騎士の参戦によってパラアンコ軍が息を吹き返している。特に中央は形勢が逆転し、カーリヤ族の将にも多数の犠牲が出ている。敵の隊長を正確に射抜く腕前はさすが弓騎士といえよう。

 敵の士気は低くない。当初は目を見張る効果を上げた菌糸人形だが、弓騎士率いる破弓部隊やパラアンコ魔術本隊の参戦によって徐々に対策がされている。もっと優位が取れるだとうというロネの読みは外れた。


「これ以上は味方にも被害が出る。菌糸人形はそろそろ潮時か……情報の伝達が早いな。敵軍は何か魔導具を使っているのかもしれん。可能であれば鹵獲したいな」


 さて、どうしようかと思案するロネ。彼は知らない。とある魔女の弟子が生み出した魔導具をパラアンコ軍が買い、将兵に持たせたことで戦場での意思疎通が飛躍的に向上したことを。その影響力は少なからず戦場の動きを変えている。


 ロネの脳内には無数の選択肢があった。自らの采配で戦場の行く末が決まる。言葉ひとつに乗る重みは想像以上。安易に決めてはならず、かといって考える猶予はそう長くない。

 まだ戦いは始まったばかり。加熱する戦場をロネは慎重に見極める。


 ◯


 雨が降っている。

 ここは西方蛮族が治める貿易都市。本来ならば西方蛮族とシャルマーンを繋ぐ拠点として多くの商人が行き交っているはずだった。しかし、連日の大雨によって輸送が滞り、大量の商品を抱えた商人たちは街での滞在を余儀なくされている。


「お母さん、いつになったら雨は止むの?」


 傘をさしながら街を歩く親子。娘が不満そうに聞くと、親は困った様子で頭を撫でた。


「きっと神様が泣いているの。帰ったら一緒にお祈りをしましょう? 何があろうとも私たちが信じていますって」

「そうしたら雨は止むの?」

「ええ、きっと。神様はただ悲しんでいるだけだから」


 彼女たちは熱心な信者ではないが、こうも雨が長続きすると祈らずにいられない。

 そんな親子の隣を、褐色の肌をした黒髪の少女がすれ違う。砂漠の少数民族に由来する衣装は雨によって濡れすぼみ、華奢でありながらも女性的な体を強調する。付近に住民の気配がなくなると、右腕から顔にかけて魔女の呪痕が浮かび上がった。


「神は悲しんでいる、か。雨は天の恵みだというのに……愚かな者たちだ」


 エレノアの信仰は少数民族にのみ伝えられたものであり、あまり世間には知られていない。むしろ、どちらかといえば邪教である。それでも根気よく布教をすれば同志が増えると思っていた。だが本当に自分の行動は正しいのか、本当に神は自分を見ているのか、と疑問に思うことがある。

 そんな考えがよぎった後、愚問だ、とエレノアは自嘲した。よもや神を疑うとは。頭を振って気持ちを入れ替えると、彼女は近くの路地裏に視線を向けた。


「それで貴様は何の用だ?」


 暗闇から彼女を見つめる誰か。やがて気配の主が暗闇から現れた。丈の長いローブにちぐはぐの靴下。頭には花が咲いたとんがり帽子。エレノアと違って傘をさしており、その下から蛇のように狡猾な目が覗いている。


「何の用、とはぞんざいだね。君のせいで大迷惑を受けているんだけど、自覚はある?」

「私は街を歩いているだけだ。魔女は出歩くなと言いたいのか?」

「少なくともカーリヤの街には入らないでほしいね。そもそもパラアンコにいたはずの君がどうしてカーリヤにいるの?」

「とある新聞屋に勧められた。西方には救いを求める者がいると」


 ピッチが舌打ちをした。彼女の脳裏に不健康そうな男の顔が浮かび、記憶の中で顔面に拳を叩き込む。新聞屋と会ったことがあるのは数回だけ。しかし彼の悪癖は十分すぎるほど知っている。


「言い方を変えるよ。街から出ていきなさい。そして二度と入らないで。君の信仰に文句を言うつもりはないけれど、その危険な思想にカーリヤを巻き込むと言うなら……私が排除する」


 じわじわとピッチの足元から菌糸が伸びた。まるで植物が急成長するかのように広がる菌糸の海。

 ピッチの呪痕が怪しく光る。ロネや弓騎士のように、びりびりと肌を震わせるような覇気はないが、見ているだけで飲み込まれそうなおぞましい気配がある。

 底知れない魔力。兄のために全てを捧げて魔女になった少女。


「魔女同士は争わない。協定違反だ」

「守っているのは君だけだよ」


 いつぞやも同じことを言われたな、と鼻を鳴らすエレノア。


「そうか……」


 細められた目から冷たい光が漏れる。まるで呆れているかのような瞳。

 エレノアが右手を横に掲げた。雨水が急速に集まって周囲の壁や地面を破壊し、それらを水圧で固め、巨大な鉄槌となってピッチに向けられる。


「ならば私、慈雨の巫女が貴様を救済してやろう」


 浮かび上がる呪痕。雨を表すかのように青い光がどくん、どくん、と脈打った。




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