私の部隊は強いのだ
私はみんなで平和に暮らしたいのに、そんな願いを無視して世界は回る。もっとお金に余裕があって、もっと私に力があれば、義勇兵を辞めてみんなで旅をしてみたい。エマの実家に挨拶をしたり、帝国で最新の魔導具を探したり、北の砂漠に水没した街を船で散策したり。ポルナード君の歌を聴きながら、アルジェブラさんに勉強を教えてもらいつつ、エマと一緒に鍛錬をする。きっと賑やかで楽しいだろう。パシフィックさんは一緒に来るかな。パリータの面倒をちゃんと見るなら誘ってもいいかな。
そんな近くて遠い、ささやかな夢。でも現実は甘くないから今日も私たちは戦場に向かう。
「エマ、丘に立っている塔が見えますか。この前までは親切な兵隊さんがあそこで見張りをしていたんです。子どもはたくさん食べなさいって食糧を譲ってくれました。でも今日会いに行ったら、兵隊さんは違う人になっていました」
風に乗って戦の香りがする。ざあざあと死者を弔うように草木が揺れ、どんよりとした雲が西方から広がる。草原に私たち以外の部隊はいない。馬に乗った義勇兵が四十名ほど。全員が何度も戦場を経験した戦士だから、こんな薄寒い空気の中でも落ち着いて命令を待っている。
「悲しんでいるのか?」
「どうでしょうね。なんだか慣れちゃったのでわかりません。彼が部隊の一員だったら違ったと思いますけど」
戦いの炎は平等だ。善人も悪人も等しく燃やす。仲間を置いて逃げようとした兵士も、フィリップに取り入ろうとした義勇兵も……気づけばトルネラの取り巻きもいなくなっていた。
一番大切なのは部隊のみんなだ。でも見知った人間が忽然と消えてしまうと寂しく感じる程度の人間性は私にだってある。普段の日常が少しずつ変わり、私だけ取り残されるような感じはあまり好きじゃない。
「名のある傭兵や軍人がすでに散っています。アルジェブラさんと並ぶ弓の名手だった“赤蛇”は奇襲によって殉死。最前線でパラアンコ軍を鼓舞していた旗姫は菌糸人形の爆発に巻き込まれて生死不明。厳しい戦場から幾度も生還したバーミュル開拓部隊も、隊長を失ったことでちりじりです」
私たちが戦場に着いたとき、苛烈を極めた戦いは多くの戦死者を出していた。中にはカタビランカで私を可愛がってくれた軍人も混じっている。個の力は関係ない。まるで巨大な生き物のように死がとぐろを巻いている。
「敵は長年の間、パラアンコの侵攻から西方蛮族を守り続けたロネだ。そう易々と終わる戦いではない」
「きっとルドウィックさんはたくさん記事が書けて大喜びですね」
「ハッハッハ、我々が一面を飾るのは映えある勝利の姿にしたいな」
黄昏ていると要塞の方角から煙が昇った。突撃の合図だ。エマがヘルムを下ろして剣を抜いた。戦いが始まる。また誰かがいなくなる。
「さあみなさん、私たちの番が来ました。狙いは敵の騎士中隊。菌糸人形の勢いで前に出過ぎた敵を孤立させます」
パラアンコの国旗を掲げた。追い風が私たちの背中を押す。呪痕から発せられる熱が体の奥を温める。
「絶対に足を止めないでください。薄くなった敵の喉元を完全に断ち切ります!」
私たちは一斉に馬を走らせた。完璧な意思疎通を取りながら、まるで一匹の動物のように林の間を駆け抜ける。私はこの瞬間が好きだ。みんなと一緒になった気分が安心させてくれるのだ。
ぐんぐんと戦場が近くなる。私はより一層、速度を上げた。一番槍は隊長の役目。呪痕に力を込める。じんわりとあふれ出した腐敗の魔力が一本の大きな槍となって浮かぶ。やがて林を抜けた。眼前に広がるのは怒号と爆音が響き渡る戦場。無数の魔導砲弾が頭上を飛び交い、各所で大規模な魔術が放たれ、えぐられた地面を騎士が走り、西方蛮族と斬り結んでいる。
「全員突撃! 功を焦った西方蛮族を食い破りなさい!」
号令と同時に魔術を放った。腐敗の槍が敵部隊のど真ん中に突き刺さり、間欠泉のような爆発とともに腐敗をばら撒く。
「ウ、ウサックの悪魔だ! 誰か、すぐに伝令を……」
指揮官らしきカーリヤ人が言い終わる前に飲み込まれた。腐敗の波が辺りに広がって騎士の鎧ごと溶かしていく。並みの呪痕では防げない。だって私は魔女の弟子。上級魔術士の端くれだ。二級呪痕の力が戦場にポッカリと穴を空けた。
私に続けて部隊のみんなが矢のように魔術を放った。色とりどりの光が空を鮮やかに染める。でも対照的に地上は赤い。魔導元素の赤、何かが引火した赤、そして血の赤。
エマや他の騎士たちはすでに敵部隊と交戦している。私と同時に昇格したエマはどちらかというと堅実で守りを意識した戦い方を好むから、フィリップやアルジェブラさんのように派手な戦いは見せない。でも彼女の鎧には対魔術用の魔導回路を私が刻んでいるうえに、二級騎士特有の堅牢な呪痕があるから先頭で戦っているのにほとんど傷がない。私の身長ぐらいありそうな大盾で敵を押し潰すエマ。彼女がいるおかげで私は安心して魔術を放てる。
「メヴィ隊長! 菌糸人形に気づかれました! 向かってきます!」
「私が対処します! みんなは下がって魔術で援護を! 絶対に近づかないでください!」
わらわらと群がる亡者たち。魔女の手にかかった哀れな戦士の末路だ。腐敗の槍で殲滅してもいいけど、撃ち漏らして部隊のみんなが襲われるのは避けたい。だから冒涜の刃で注意を引こう。
どくん、と呪痕が光った。敵の死体がぼきぼきと体をへし折りながら収縮し、赤黒い剣となって私の右手に収まる。ああ、また味方の兵士から化け物を見るような目を向けられている。でもいいのだ。部隊のみんなが私を怖がらないから。
地面を蹴った。エマから「一人で前に出るな」と言いたげな雰囲気が出たけど、無視して菌糸人形の群れに飛び込んだ。飢えた亡者が獲物と勘違いして襲いかかってくる。
「死体にしては動きが早いですね。そもそも人は死ぬと筋肉が固まりますし……もしかしてまだ生きているんですか?」
菌に全身を覆われた亡者たち。返答はない。でもわずかに反応した気がする。勘違いかもしれないし、知ったところで意味がないかもしれない。
「むごい仕打ちです。せめて私が弔いましょう。輪廻の海には還れませんが、苦痛の時間を短くしてあげます」
亡者の首をはねた。生暖かい血が私の頬に飛ぶ。ベタベタとした菌糸も一緒に飛ぶ。気持ち悪いから全部腐らせた。
次から次へと亡者が迫ってくる。中には私に胞子を浴びせようと、目の前で首をねじ切る者もいた。大事にペンダントを掴んだまま突進をする者もいた。片足で立ちあがろうとする者。パラアンコの国旗を体に巻きつけた者。全部切った。片っ端から腐らせた。
血を吸うたびに服が重くなる。否、体が重くなっているのだ。体力がないくせに前線で戦うからこうなる。でも私は剣を振った。我慢強いことだけが私の長所だ。息が切れたって、無数の切り傷ができたって我慢できる。
「メヴィ下がれ! 援護ができん!」
「私はいいのでみんなを守ってください!」
私の部隊は強いのだ。どんな相手だって屈しない。シャルマーン軍にだって勝ったのだから。
ふと気づくと、遠巻きで突っ立っている亡者が一人だけいた。鎧からはみ出すほど菌糸に覆われており、顔の判別はつかない。わかるのはパラアンコの軍人だってこと。
よく見ると塔の見張り台にいた兵士と鎧の傷が似ている。確証はない。でもなんとなく、食糧を分けてくれた、あの優しい兵士の面影が残っているように見える。
彼が最後の一人だ。彼は剣を握っていなかった。でも私は斬った。痛みがないように首を飛ばし、二度と起き上がらないように、倒れた体の心臓に剣を突き立てた。
フーッと息を吐く。辺りは酷い有様だった。死体と菌糸と腐敗の海。何かがシュワシュワと腐り続けている。空が赤い。戦場の炎に染められたか、それとも私の視界が赤いのか。どちらでもいいだろう。私は剣を引き抜いて立ち上がる。
「このまま敵を分断しましょうか。あともう一踏ん張り、頑張りましょう」
ドロドロとあふれ出した腐敗を地面に残しながら、私は部隊のみんなと合流した。




