シェミールの情報屋
肉屋の店主が言っていたとおり、情報屋の居場所は浮浪者のお城みたいな、雑多で湿気の強い建物の二階、別世界のように暗くて吸い込まれるような廊下の一番奥にあった。見たことのない魔導具や部品、歴史書や教本、果ては武具の図面や魔法薬の材料まで、床や棚に散らばっている。
なんだか怖いお店だな。きっと今の“彼”が行き着いた、答えを表しているんだと思う。あらゆる分野、あらゆる情報を集めてでも、果たしたい目的、パラアンコへの復讐。
明かりは一つだけ。作業机の上に置かれたランプが、店内の異様な光景を照らす。どうやら先客がいるらしく、店の奥に二人の人影が見えた。
「出ていけ!」
直後、店の外まで聞こえそうなほど大きな怒声が響いた。
「お願いします、あんたが最後の頼みなんだ! 街の外へ逃げないと、俺たちは殺されちまう!」
「この売国奴め! パラアンコに媚びへつらう愚か者が!」
「裏切っていないと、何度も説明しただろう! くそっ、話を聞きやしない!」
ガランガラン、と何かが倒れる音。続いて怒声、罵声のオンパレード。一通り落ち着くと、店の奥から、シャルマーン人が怒ったような様子で出てきた。あまりにも頭にきたのか、顔は真っ赤で息も荒く、端に寄った私たちに気づきもしない。
客が出ていくと店内は静かになった。エマと一緒に奥へ向かうと、作業机の前で情報屋と思われる男がうずくまっていた。
「お久しぶりです……ジャックロー技師」
ジャックロー技師の反応がない。よく見ると、奇妙な魔導具に何かの葉っぱを詰めているのがわかる。やがて出来上がった魔導具を口に咥えると、肺いっぱいに大きく吸った。重くて甘ったるい匂いのする煙が広がり、ジャックロー技師と私たちの間に壁を作った。白いモヤが消えたとき、ジャックロー技師の表情は少しだけ明るくなった。
「ああ、ミレッタ……帰ってきたのか……」
夢うつつな表情で私に手を伸ばす。残念ながら私はミレッタじゃありません。彼の手を取るわけにもいかず、困惑しながら立っていると、薬が効き始めたのか、正気が戻った目で私を見た。ようやく私たちの存在に気づいたらしい。
「おや、お前さんら……」
ジャックロー技師は驚いたように目を丸め、それから色々な想いを吐き出すように、ため息を吐いた。甘い香りがまた広がる。ギラリと蛇のような目。私の知っているジャックロー技師じゃない。チャームポイントだったもじゃもじゃの髭は、邪魔だと言わんばかりに剃られ、髪も短くなっている。目も怖いし、店内には人の臓器と思われる瓶が転がっていたり、机の上には使い込まれたナイフが置かれていたりする。
掃き溜め通りに馴染んだ。
そう思えるほど、ジャックロー技師は別人のようだった。唯一、変わっていないのは、首元にかけられた小さな布袋だけ。娘からもらったお守りがかろうじて、彼をジャックロー技師だと証明してくれる。
「どうしたって、シェミールに?」
「ちょいと用がありまして。まさかジャックロー技師がいるとは思いませんでした」
「わしとて、望んで掃き溜め通りにいるんじゃない。ここしか居場所がなかったんだ。カタビランカに比べれば、ここは汚い場所に見えるんじゃないか?」
「森での生活に慣れているので平気ですよ。魔術が頭の上を掠めていったときは驚きましたが」
エマが隣で「ちんちくりんで助かったな」と失礼なことを言った。エマもびっくりしていたくせに。
「それで、パラアンコの賞金首が二人そろって何の用だ?」
「情報が欲しいんです。王城で何が起き、今、国王や軍はどこにいるのかを。それと、星詠みの魔女についても教えてください」
「代金は用意しているのか?」
部隊から集めた、ありったけのお金を机に置いた。ジャックロー技師は「少ねえな」と言いながらもお金を受け取った。昔のよしみで安くしてくれたのかもしれない。
「お前さんらも街に来たときに気づいただろう。街中に軍人がいない。そして太陽が昇らない。異変の始まりはおよそ一ヶ月ほど前からだ」
ジャックロー技師が窓の外を見た。時刻は昼下がりだというのに、満天の星空が広がっている。月明かりがシェミールの街中を照らそうとするけど、複雑に家屋が積み重なった掃き溜め通りでは地面まで光が届かず、代わりに暖色の魔導ランプがポツポツと灯っている。
「最初、国王がまた他国に戦争を仕掛けるつもりなのかと思った。なにせ、大勢の軍人が次々と王城に向かうんだ。だが、すぐに違うとわかった。砲撃の音が城壁の中から聞こえるんだ」
「魔女が城を襲撃したと聞きましたが、星詠みの魔女ですか?」
「ああ、間違いない。三日三晩、王城から戦闘音が響いた。そして音が止んだとき、王城から光が消えた。それからは不気味なぐらい、魔女も兵士も城の外に出てこない」
ジャックロー技師の話が本当だとすると困ったことになる。なにせ私たちはフィリップ隊長と戦うための戦力を求めてシェミールに来たのだ。シャルマーン軍がすでに壊滅したとなれば戦力が足りない。
「シャルマーン軍はどの程度残っているんでしょうか?」
「王城に駐在していた第一師団は期待しないほうがいい。第二から第四師団はシェミールに向かっていると聞いたが、あと二十日はかかるだろう。残りの師団は南の前線でパラアンコと戦っている」
「主戦力の第一師団が壊滅したのは痛いですね……」
もしも王城に軍が残っていないとなれば、危険を冒してまでトールマンたちを街の中に呼ぶ必要はない。でも王城の様子は確かめないといけないし、場合によっては戦闘になる可能性もあるから、できれば部隊で固まっておきたい。
どうしようかと考えてエマを見ると、彼女も同じことを考えていたのか、私と目を合わせてから首を振った。まだ呼ばなくていい、という意見かな。
「アダムス国王や他の貴族がどうなったかわかります?」
「ほとんどの貴族は殺されたが、王をはじめとした一部の人間は城の地下牢で捕まっている。魔女の様子はわからん。城の上階は窓がすべて黒く塗りつぶされていた。城門も塞がれている」
空が暗いってことは、まだルドウィックさんは城の中にいるはずだ。彼に会う必要がある。フィリップ隊長と戦う戦力が必要だし、できればルドウィックさんの力も借りたい。
まあ、何となく嫌な予感はしている。だって王城から感じる気配がおぞましいから。ルドウィックさんの魔力じゃなくて、もっと暗くてねばっこい、人間らしい欲深さが込もった魔力が、今も街全体を覆っている。
「城の中に入る方法はありますか?」
「地下水路を使えば入れるかもしれんが、道が複雑でな。調べるのに時間がかかる。それに案内人を用意するのも難しい」
「構いません。道さえわかれば自分たちで向かいます」
正面から突破するのが手っ取り早いけど、流石に城門を破壊するわけにはいかないからね。後から駆けつけるであろう、生き残りのシャルマーン軍と戦うことになっちゃう。だから面倒だけど裏道を探さないといけない。
城までの道を調べてくれるよう頼むと、ジャックロー技師は「割りに合わんな」と言いつつも了承してくれた。
「ちなみに、掃き溜め通りでの暮らしはどうですか?」
「最初は苦労したが、今は慣れたもんだ。どこも魔導具の技師ってのは不足している。それにここなら、パラアンコの情報を軍に売るのに丁度いい」
「そうですか。まあ、馴染んでいるようで何よりです」
あまり深くは追求しないでおこう。彼の匂いが、戦場で嗅ぎ慣れた死人の匂いと酷似している。たぶん、何人か手にかけていると思う。本当に変わっちゃったね、ジャックロー技師。
「下流の村を見捨てたパラアンコには、報復をせねばならん」
そう言うジャックロー技師の目には、深い憎しみが込められていた。
何にせよ、しばらくは情報集めだ。ジャックロー技師が城への侵入ルートを確保してくれるまで待つしかない。時間がかかりそうなら一度、食材を買い足してから、街の外に出て部隊のみんなと合流しよう。きっと寂しがっているはずだ。エチェカーシカが大人しくしていたらいいな。
店を出ると、空はやっぱり暗かった。




